2017/06/10

私たちが欲しいのは「今と未来の自転車乗りの権利を考える」インフラ(1)

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「日本で一番自転車乗りの権利を考える*男が、再びバスと自転車について考えました」

自転車Webメディアの一つであるFrameが近頃連載している、自活研内海さんによる記事。

今回のは少し驚いたので、備忘も含めて若干コメントします。



議論の軸 - 客観的な安全と主観的な安心感

自転車利用を推進する上で、インフラが安全であることは当然推進されるべきですが、これに加えて、利用自体を促進するためには、安心感はとても重要な要素です。

  1. 安全かつ安心感のあるインフラ
  2. 安全だが安心感に不安のあるインフラ
  3. 安全ではないが見た目の安心感はあるインフラ
  4. 安全でも安心感もないインフラ
手法はともかくとして、1を目指すべきことに異論はありません。
2と3を比較すれば、3は利用者を誤導するという点で、2より望ましくないでしょう。
4は論外。

これまで、私は、自活研の歴史的な主張の中心であり、現に近時のガイドラインに反映された車道通行・構造分離なしのインフラについて、
  1. 見た目の安心感に乏しい
  2. 特に幹線道路において、客観的にも安全ではない
と考えていました。

車道通行・分離なし中心のインフラは主観的な安心感に乏しい 多分このことはあんまり異論ない

このうち、1、安心感に乏しい点については、実は、上記記事で内海さんが「いまだに「自転車は歩道が原則」だと思い込んでいる人が少なからずいる」と仰ることの裏返しとして、自活研の方も内心認めておられるように思います。

だからこそ、国会議員に参加してもらったりして、いろいろアピール策を打っておられるのですね。

安心感がなければ、利用は伸びません。そのような安心感のないインフラを伸ばす一方、歩道通行をやめるよう促したり、歩道通行可能の標識を撤去するなどして歩道通行をDiscourageしていけば、自転車利用は減り、それによる幸福の総量は減少するでしょう。

内海さんは、上の記事で
全ての交通参加者に対して「自転車は原則として車道の左側を走る」というコンセンサスを改めて作りに行っているフェーズ
と仰っていますが、そのコンセンサスが出来ていた例えばUKにおいて、自転車の利用が低いレベルに留まっていたことは、ご承知の上で仰っていると理解しています。 

私がこれを自転車活用推進ではなく自転車乱用防止の考え方と呼ぶゆえんでもあります。

このように、安心感に乏しい点については、実際の所(表だってお認めにはならないでしょうが)あんまり異論がないように思います。

主戦場であった客観的な安全性についての議論

加えて、2の客観的な安全性についても疑問がありました。時と場合によりますが、いくらなんでも、車道は歩道より安全であり、構造分離無しのインフラで十分という議論が常に通用するとは思えない。特に幹線道路。

この点については、詳細な議論がろぜつさんの意見書にて展開されているので述べません。

しかし、自転車活用推進研究会のメンバーは、これまで、多くの場所で、歩道通行こそが危険であるという議論を展開されていました。この歩道通行こそ危険という議論や、車道の方が安全といった主張は、議事の記録からは必ずしも明確に確認できないものの、現在の「安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン(改定版)」に反映されていることが、このガイドライン策定に参加された方の過去の主張等から推測することができます。

以上の論点は、科学的に検証できる話と思ってたんだけど・・・

さて、以上の、安心感があれば利用が伸びる、とか、歩道通行が危険だ、あるいは車道走行構造分離無しのインフラは安全だ、という仮説は、様々な科学的な方法を使って、検証することが可能です。

したがって、立場の違いこそあれ、これについて議論をすることは必要かつ有益なことでした。そして、見解が大きく異なりうる2の点について、様々な主張が交わされていた。ここが主戦場だったわけです。

ところが、今回の内海さんの記事は、この議論、特に2の戦場についてある種「ちゃぶ台返し」を試みてきたようです。

かなり驚きました。その上で、あちゃーと頭を抱えてしまいました。

続きます。

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