2017/05/22

個別論点の地上戦をやってるときに、変えること自体を旗印にすることのあやうさ

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色々思うところはありますが・・・

一言で言うと、これに丸乗りして、色々なのが解体されたあげく

「ただし公務員共済は除く」

ってオチがかなりあり得るのではないか
っていう話です。

きをつけないとね。



個別論点の損得の議論、それはそれ

個別論点ではそうやねえ、って思うところは結構あります。

この詳細については引用の記事が簡潔にまとめておられますし、元資料もそんなに難しくないのでご覧になればよろしいかと思います。

問題は、その地上戦の戦い方

もっとも、個別論点の解は必ずしも一つではない。各戦場の戦い方の問題であり、提起されるような政策全体を見た上での「非連続な転換」は、各論点における闘いを経た上で、事後的にそう評価されるべきものであるように思います。その個別の論点を解く前に、非連続的な転換、というのを言い出すのは、結構ヤバいように思われるのです。

メモ代わりですが、書き散らしておきます。

「非連続的な転換」を冒頭に掲げたあとに生じるのは何か

確かに、個別論点についてこれまでいろいろ手詰まり感があるのは分からなくはありません。しかし、その議論(経産省から見れば「他の省庁の皆さん」による)がなかなか進まないことをもって、そこを置いて「非連続的な転換」を個別の議論をリードするためにオーバーライディングな旗印として掲げることで、何が生じるのか。

私自身の経験から言えそうなのは、個別の議論よりも変えること自体を上位におく場合、とりあえずローハンギングフルーツをもぎ取る戦術に流れるのが自然であるように思われます。まずは抵抗が弱そうなところから叩いていく。言い換えれば、便益を踏まえた優先順位付けより、まずは費用だけをみて、サクサクっと終わらせることを優先する。

よく言われるTODOリスト管理と同じことです。考えるより簡単に手を動かせるところからやっていけ。

この順位付け、個々人の話なのであれば、処分は自由。加えてInertiaを打破できるというメリットを考えれば、一応の合理性はあります。私も自分のことならそうします。

しかし、この方法を、複数の拮抗する利害の順位調整それ自体が問題になり、かつ、その順位調整を本来の機能として期待されている国の中の人があっさりと持ち出すのは、ちょっとなあ、と思うのです。

なぜか。

国にだって「中の人」がいます。中の人は、本来期待される機能を果たすという利益とは別に、個人としての利益を有している。

そして、この「非連続的な転換」を旗印に「ローハンギングフルーツ」を取るという戦術を適用すると、まず抵抗が弱いところから対応されていく。

結果、最も抵抗力が強いところが手を付けられずに残ってしまう。

それはどこか。

国家公務員共済ですよねえ・・・

政治家がいうのは分かる。主務官庁もまあね。でも・・・

念のため申し添えると、これを政治家がいうのなら、チャレンジングだとは思いますが、有権者にアカウンタビリティがあるので、まあね、と思います。

また、各論点の主務官庁も、選挙こそありませんが、個別の戦場で砲火に晒され、その出来不出来でそれなりにリスクを負うわけですから、その論点について何か言い出すのは、賛否は別に、わかる。いつも塹壕戦お疲れ様です。

でも、そういうコミットメントはない一方、言いっぱなしだけど特にガードもされていない一般市民と異なり、最後までガードされる可能性が高い人ちが言い出されちゃうと

うーん、そういうご主張は頭では分かりますが・・・ちょっと乗るのは・・・

というのが、素直な警戒心として出てきちゃうところだったのでした。

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