2016/08/06

「都が進める自転車走行空間の整備について」に対する公開メッセージ

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東京都 御中

「都が進める自転車走行空間の整備について」に対する意見

平成28年8月6日

意見の趣旨

御庁建設局道路管理部安全施設課 若月 宣人氏 神山 将氏 が「平成28年度スキルアップセミナー関東」において発表された「都が進める自転車走行空間の整備について」(本件論文)の内容につき、ロンドンの自転車走行空間の整備にかかる部分に事実誤認が存在します。

仮に今後、このような誤った事実認識を前提にして御庁管轄下における自転車走行空間の整備が行われる場合、当該事実誤認は、御庁の裁量権を踏まえても、個別の整備の違法性又は当該営造物の瑕疵についての評価根拠事実となる可能性があるものと考えます。

そこで、御庁における自転車走行空間の適切な整備に資するべく、公開メッセージの形で、ロンドンの自転車走行空間の整備状況について指摘させて頂きます。

該当部分

本件論文中、事実誤認があるものとして指摘させて頂く部分は、次の通りです。

2ページ
(2) ロンドン市における自転車走行空間の整備事例 
ロンドン市における代表的な自転車走行空間である CSについては,2010年に 12路線が計画され,現在 4路 線(CS2,3,7,8)約 41km が完成している(図-1). CS の整備手法は路肩を青く着色する自転車レーン(図- 2 左)と,相互通行の自転車道が中心である.また上・ 下線で整備手法が異なるもの(上り線は自転車レーン・ 下り線は車道混在の路面表示)もある(図-2右). 
一方で,これらの手法で整備した CS においても,自動車との接触や左折時の巻き込み等の事故が課題となっ ていることから,自転車利用の安全をより確保するため, 車線数を削減することで空間を確保し,構造的に自転車 と自動車を分離する手法 3)(図-3)での,改良・整備を 検討するとしている. 
(写真省略・下線強調部は意見書筆者)

 事実と異なる点

本件論文中、ロンドンの自転車走行空間の整備状況に関する事実認識は
  • 公開時点において、CSの整備手法は着色型自転車レーンと、相互通行の自転車道が中心
  • 構造分離の手法については、今後の改良・整備の検討課題
と理解することができます。

しかし、このいずれの認識も、遅くとも本件論文の公開時である2016年6月の時点において、事実と異なるものと考えます。

構造分離を今後「検討する」とされている点→これは確定方針である

2013年3月時点で、構造分離は確定した方針である

上記箇所において、構造的に自転車と自動車を分離する手法での整備を「検討する」とされています。しかし、遅くとも2015年5月時点では、この整備は確定した方針とされており、「検討する」のフェーズではありません。

この方針については、2013年3月の時点で、ボリス・ジョンソン市長(当時)の公式な見解として発表されています。


上記ペーパーにおいて「segregated」で検索して頂ければ分かるとおり、2013年の時点で、ロンドンは構造分離型の走行空間に方針を転換しています。

例えば、9ページの以下の記載をご覧下さい。(下線強調部は意見書筆者)
A Tube network for the bike. London will have a network of direct, high-capacity, joined-up cycle routes. Many will run in parallel with key Underground, rail and bus routes, radial and orbital, signed and branded accordingly: the ‘Bakerloo Superhighway’; the ‘Circle Quietway’, and so on. A ‘bike Crossrail’ will run, substantially segregated, from west London to Barking. Local routes will link with them. There will be more Dutch-style, fully-segregated lanes and junctions; more mandatory cycle lanes, semi-segregated from general traffic; and a network of direct back-street Quietways, with segregation and junction improvements over the hard parts. 

2015年のヒアリング時点においては、もはや「検討する」の段階ではない

これに対し、本件論文の本記載の根拠と思われるものとして、脚注に次の記載があります。
  • 3) Mayor of London:ヒアリング資料(15 May 2015)
  • 4) Mayor of Londonホームページ:「CYCLING REVOLUTION LONDON」(2010),<https://www.london.gov.uk/sites/default/ files/cycling-revolution-london.pdf>アクセス 2016 年 5 月 26 日. 
3)については被引用文献にアクセスすることが不可能ですが、本件論文冒頭に「各都市の自転車政策担当者へのヒアリング結果や現地調査」が行われた旨の記載があることから、当該資料は、2015年5月ころに行われたヒヤリングに際して提示された資料と推測されます。

しかし、上記"The Mayor's Vision"の記載の通り、2015年時点では、構造分離型への転換は確定した方針であり、「検討する」という段階ではありません。

2013年の"The Mayor's Vision"に言及されない点の不可解

不可解なのは、2015年5月頃に現地にてヒアリングを行われたにもかかわらず、上記2013年の"The Mayor's Vision"について本件論文において言及されていないことです。

ロンドンの自転車政策を論じる上において、これは基本資料というべきものです。既に過去のものとなった2010年の資料について引用しておきながら、その方針を覆す公式の政策ペーパーについて言及がないことそれ自体が、本件論文において事実誤認があることの重大な傍証であるものと考えます。

構造分離は現に着々と進行し「路肩を青く着色する自転車レーン」が中心ということはできない

そして、本論文が公開された2016年6月時点では、これらの整備は着実に進行しており、多くの箇所で構造分離が完成しています。

ゆえに、「路肩を青く着色する自転車レーン」が整備の中心ということもできません。

私が撮影した動画は次の通りですが、YoutubeでCycle Superhighwayで検索して頂ければ、整備状況については容易に確認することができます。




当局自身も、上記"The Mayor's Vision"から3年経過の節目における自己評価において、自動車から自転車への転換を促進したと評価しています。


上記ペーパーにおいて、ボリス・ジョンソン市長(当時)は、構造分離型の整備を最初から行うべきだったと強い言葉で述べています。
Our original painted lanes were revolutionary at the time. But knowing what I do now, we would have blasted ahead with our new segregated cycle lanes from the beginning. 
また、10ページには、構造分離が自動車からの自転車への転換を加速したとして、次の記載があります。(下線強調部は意見書筆者)
Our cycling infrastructure will accelerate these trends. It has already! Most of this has been achieved before our main infrastructure projects have even opened. But early evidence is that when they do open, they lead to even faster growth. At Vauxhall Bridge, the first central London segregated Superhighway to be opened in November, we have already seen a 73 per cent increase in the number of cyclists using the bridge. More than 80 per cent of the cyclists crossing the bridge are using the segregated track. 

小括

以上の通り、本件論文中のロンドンの自転車走行空間の整備状況に関する事実認識については、遅くとも本件論文が公開された時点において事実に誤りがあります。

事実認識の誤りが有する意味について

ご承知と存じますが、行政裁量が存在するとしてもその裁量権の行使の前提としての事実認定に重大な誤認がある場合には、当該事実誤認が裁量権行使を違法たらしめる要素となることは、最大判昭和53年10月4日民集32巻7号1223頁(いわゆるマクリーン事件)以来の裁判所の一貫した考え方です。

本件論文でも示されているとおり、現在、御庁における自転車走行空間整備は「車道の活用を基本」とすることとされています。

このような整備方針の当否、さらに究極的には個別整備の国家賠償法等における合法・違法を論じる上で、他国の整備のトレンドが参照されることは、言うまでもありません。

この意味において、ロンドンが、一度は御庁同様の「車道の活用」を推進しながら、それを市長自らが誤りと認めて構造分離型に方針を転換したことは、重大な意味を有します。

しかし、本件論文においては、2015年に現地調査を行われたにもかかわらず、例えば2013年の"The Mayor's View"に言及がなく、あたかも車道上整備が現在も中心であるかのような記載となっています。

このような資料の見過ごし及び事実認識の相違は、少なくとも私のようなロンドンに居住している一市民の視点からは、およそ起こりえないという意味で重大な過誤であり、またその内容もロンドンの全市を挙げた努力を過小に記載するという意味で不当と言わざるを得ません。

さらに、これは実際にはあり得ないものと考えておりますが、仮に御庁の既定の方針としての「車道の活用を基本」と齟齬するといった考慮から、構造分離に転換したロンドンの実情を資料を割愛するなどして過小に記載したのであれば、これは絶対に許されない行為です。

いずれにせよ、この事実認識の誤りは、御庁の整備の正当性さらには合法性に対し、大きな影響を与えるものと考えます。

よって、本意見書を公開メッセージの形で提出し、御庁において正しい事実認識のもと政策立案をされることを希望いたします。

以上

※意見書筆者について

私は、自転車に関する政策一般について関心を抱くロンドン在住の一市民です。ロンドンに移住する前は東京に生活し、また近い将来東京に戻る見込みです。

1 件のコメント:

  1. 埼玉県さいたま市で自転車の交通安全に関わる団体を運営している吉田貴昭と申します。大変詳しい論考をありがとうございます。市の交通安全の委員を努めておりますので、英国交通省のファクトシートと共々引用させていただければと思います。

    埼玉県はもちろんとくに東京では自動車の走行空間に全く手を付けない貧弱な視覚分離が次々に敷設されており、このままだと日本も再び自転車の事故が増えそうです。しかし歩道を走るよりはマシだという意見もあり悩ましいところです。

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