2016/01/28

かわいい子には旅をさせよにはFiduciaryの本質が詰まってる/公教育に溢れる利益相反(2)

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指導者は本当にあなたの味方?


#aminocyclo: かわいい子には旅をさせよにはFiduciaryの本質が詰まってる/アジア選手権を通じて感じたストラテジーにおけるFiduciaryの必要性(1)



前回は、

  • Fiduciaryを負った助言者がいることで、情報の非対称が緩和・解消される
  • その活動を通じてReputation Capitalが蓄積される
  • 結果、外から規制で要求しなくても、自発的にクライアントのためだけを考えて行動するようになる
という、ポジティブなフィードバックについて話しました。

ここでキーになるのは、利益相反を排除すること。つまり、助力をする際に、裏に対立する自分の利益があることを隠さないことです。

これが隠されている場合、助力が本当に自分のためなのか、本人は信じることができません。結果、そのような助力者に頼んでまで不確実(情報の非対称がありますからね)なことにチャレンジする人は減ることになります。

少しはいるかもしれませんが、ズルされていることを覚悟しているか、それに気づいていない人でしょう。いずれにしても、本来達成できる数よりはだいぶ減ることになります。

あるいは、助力者のことを本当に信じることができない場合、追加の費用を払って、必要な助力者を二重に調達する人もいるでしょう。

残念ながら、日本の公教育は利益相反行為に溢れている

本来、このネタはサイクルスポーツの発展のために何が必要かを考えるのが趣旨です。

が、残念ながら、問題の根本には、日本の公教育が抱える問題があるように思えます。

例えば、こんな話を耳にすることはないでしょうか。

  • ある学校では、特定の大学への進学実績を高めるために、当該大学への進学を勧める
    同時に、当該大学に特化した授業しか行わない。
  • スポーツ競技大会や音楽コンクールの成績のために、厳しい練習を強要する。
これらの事はおそらくそこいらで普通に行われていますが、これは本当に生徒・児童のため「だけ」を考えてやっているのでしょうか。

私は違うと前々から思っていました。

ここには、先生サイドの利益 - 進学実績や大会での実績による高い評価 - が必ずある。

もちろん、この利益が個々の生徒・児童の利益と同じラインの上にあるのであれば、問題ありません。

実際、多くのプロが「成功報酬」という形を採用するのは、依頼者の利益が直接自分の報酬に響かせることで、利益を同じラインに乗せることが目的です。

しかし、前者の例で言えば、本当にその先生は、他の選択肢を真剣に考えたのでしょうか。日本の大学だけではなく、海外の大学も視野に入れた上で、本当にその子のことを考えて当該大学が一番と考えたのでしょうか。そうではなく、過去との比較での学校としての「実績」に目が行っているのではないでしょうか。

後者の例でいえば、そもそもこれらの大会は所与のものであり、その子の成長のために必要かは自明ではないはず。他にも様々な発展の方法がある中で、敢えてこれを選ぶ必然性はあるのでしょうか。他のプログラムは考慮したのでしょうか。

Fiduciaryを負ったプロは、いくつもある選択肢を選ぶときに、実現可能な選択肢の中から、自らの利益で「汚れた」目で選ばないように行動する義務があります。
この見方からすれば、多くの親が、学校とは別に塾に行かせるのもさもありなんという話になります。

学校に本来求められるFiduciaryを期待できないから、二重にコストを払っても、学校の利害とはIndependentな(独立した)助言者を別途購入しているのです。

教育のコストについて常日頃から話題になりますが、私の見立てからすれば、これは受験の弊害とか授業のテクニックといった小手先の問題ではない。このような利益相反行為がそこいらで横行していることによる無駄がその本質と考えています。

日本の公教育は利益相反への感覚が甘い。この意味で「プロ」の領域に達していないところが多いように感じています。結果、追加のアドバイザー購入コストが子育て世代にのしかかることになる。



ここまで来ると、「かわいい子には旅をさせよ」との関係、そしてスポーツへのインプリケーションも見えてきたのではないでしょうか。

次回はその当たりについて、今回のアジア選手権で感じたことから。

つづきます。

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