2016/01/31

かわいい子には旅をさせよにはFiduciaryの本質が詰まってる/人生を支配しないための制度的ガード(4)

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#aminocyclo: かわいい子には旅をさせよにはFiduciaryの本質が詰まってる/優秀な才能からの親離れ(3)



ここからは残りカスのような話ですが・・・

「かわいい子には旅をさせる」ことを確保することは、一対一関係、愛と愛がぶつかる関係では、結構難しい。だれも止める人がいないからです。


あえて単純化して言えば、一対一の人間関係というのは、弱肉強食。情愛、資源、能力、あらゆる意味で「上」に立つモノが支配します。ごく極小の例外を除き、劣位者が配慮されることはないというのが経験則であるように思えます。

一部そうでない人がいる、というのはあると思いますが、制度的にそれを期待するのは難しい。

では、才能はありつつも、若年である、あるいは現時点では能力が開花していない人が、その時点での強者に支配され、搾取されるのを防ぐためにはどうすればいいか。

我々の社会が開発したのは、複数での相互監視、です。

三権分立の意義は、おそらく皆さん習ったと思います。

立法、司法、そして行政を別の体制として構築し、相互に監視させることで、うち一つが国民を支配するのを防ぐ。

これは、利益相反という考えからはごく自然の発想です。例えば、選挙によって選ばれている「はず」の立法府、そして議院内閣制によってそこから選出される行政府だって、それが支配することは、どこかで利益相反を生じさせる。そこで、Independent Decision Makerとしての司法府の意味がある。

スポーツに関して端的に言ってしまえば、特定の人、団体が、選手を支配する体制は、それ自体問題がある。選手のことを本当に考えられる利益相反がない助言者が必要であり、それを排除するような支配者には、一定の制約が加えられるべき。

同じことをスポーツに当てはめれば、必要なことは・・・

  • 優秀な選手に対する、私的なコーチとは別の独立したアドバイザー(エージェント)の選任
  • 当該エージェントが選任されそばに付くことへの妨害行為の禁止
  • 競技団体における、直接的なタクティクスに関する部門とは独立した、選手のキャリア育成に特化した独立部門の創設
などなど。

またもTeam Skyの例で恐縮ですが、あのチームが徹底的に役割を分化し、相互に既存の依存関係のない専門家を送り込むことには、この趣旨もあったのではないかと推測しています。

また、相変わらずUKの例ですが、ここでは、アマチュア等のスポーツチームにおいて、単独のコーチが監督することは禁止されています。

元々は、身体的な虐待等の完全に真っ黒なケースを想定していたのですが、利益相反という観点からも、これは有意義のように思えます。

一人で支配するのではなく、複数人で見守る。

そのような体制をどうやって構築するか。

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