2016/01/22

クローズアップ現代「ドーピング疑惑 不正はこうして広がった」/我が国に「不正をしない文化」はあるのか

このエントリーをはてなブックマークに追加
 


ドーピング疑惑 不正はこうして広がった - NHK クローズアップ現代




直近にドーピングと逆選択の関係について書いたところ、クローズアップ現代でタイムリーにロシアのドーピングの闇についてレポートされました。

ロシアの状況についてはもう何が何だかという話ですが、翻って、我が国はどうなのか。
次のような下りがありました。

友添秀則早稲田大学教授
その大きな理由の一つは、先ほど、いわゆるカルチャーだと、つまりロシアの社会に、あるいはロシアのスポーツの世界に根付いている、いわば、この汚職だとかドーピングの隠蔽というのが一つの文化になってきていると。
この「文化」という言葉ですが、その実質として、隠蔽も含めてビジネス的としての合理性があったということではないかと思います。

これに対し。

室伏広治選手
それは日本という国が、不正に対して非常に厳しい目を持っています。
これ一般、みんながそういう目を持っている。
そういう中では、これまでも深刻なドーピングの問題をオリンピック期間中に日本の選手から出てないってことも含めて、世界の信頼性は非常に厚いものがあります。
これもまたある種の「文化」的な文脈での説明ですが、これはどうなのか。

多くの人から突っ込みがされていますが、日本のサービス残業は、基本的に構造はドーピングと同じです。賃金を払わずに労働することで、本来得られないパフォーマンスを得る、しかもその事実は、費用として計上されないことで、他人に観測されにくい。

前回の説明の通り、このような情報の非対称がある場合には、全ての参加者にチートするインセンティブが生まれます。Race to the bottom(底辺への競争)と言われる現象です。

サービス残業を許容、慫慂、場合によっては強制することは、当該組織の労働者に対する不正行為でありますが、同時に、他の業者に対してRace to the bottomへの参加を促し、公正な競争環境をゆがめる行為です。

このような行為が横行している日本において、「不正に対して厳しい目」があるというのは、ややナイーブな見解のように思えます。

言ってしまえば、ロシアの人も、日本人がサービス残業をする程度の感覚でドーピングをしていたのではないか。文化というのは、中にいる人にとっては空気のようなものなのですから。

Race to the bottomを防ぐインセンティブは選手にこそある

このような状況において最も割りを食うのは、不正をしている者によって全体の待遇を下げられてしまうまともな競技者です。

そこで、Race to the bottomを潰す仕組みが生じていることを明らかにすることが、全体の信頼感を回復し、まともな競技者の待遇をそれにふさわしいものに戻すことに繋がります。

つまり、アンチドーピングをもっとも強く推進するインセンティブがあるのは、選手自身である筈です。

アンチドーピングは、「無ければ無いで済ませたい」手続ではありません。ドーピングがどの程度蔓延しているかに拘わらず、品質保証・シグナリングのため常に厳重な手続が志向されるべきものです。もちろん、コストには目配りが必要ではありますが。

このことは別に現実離れした話というわけでなく、現にキャピタル・マーケットの分野においては、取引所が自主的に厳しいルールを採用し、それに自発的に会社が参加しています。

日本でも、東証一部に価値があるのは、そこが厳しい基準を要求しているからです。厳しい基準に従っていると言える会社は、他の会社より安いコストで資金調達ができる。だからこそ一部にはプレミアムがある。
冒頭に引用した2つのツイート。

私の理解が正しければ「これは競技の公正化のために必要な事だ。それに協力できることに価値がある」という発言は、かなり本音と一致する筈です。

他方で、(伊達選手の真意がそうだという意味ではありません)これが無ければないでいい、必要悪的な「義務」であるという考え方は、必ずしも長期的なアスリートの地位向上には繋がらないのではないか?と考えています。

0 件のコメント:

コメントを投稿