2016/01/20

レモン市場とロードレースのスポンサーシップ/パフォーマンスデータの開示は逆選択への有効な対応?

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逆選択 (Adverse Selection)またはレモン市場という言葉をご存じでしょうか。

概要は下記リンクをご覧頂ければと思います。

情報システム用語事典:逆選択(ぎゃくせんたく) - ITmedia エンタープライズ





  • A(売り手)は商品の品質の情報を持っている
  • B(買い手)は商品の品質の情報を知ることができず、そのことを理解している
このような状況で、何が起こるかを説明するものです。

このプロセスについてかみ砕いた説明は、次の引用の通りになります。
いま、ある中古車の売り手と買い手を考える。買い手は、中古車情報誌などから、買いたい中古車の価値はジャンク(20万円)から掘り出し物(100万円)までの間に一様に分布していることだけを知っている。一方で、売り手は本当の中古車の価値を知っているとする。
先ほど述べた、買い手と売り手が商品の価値について知っていることが異なることを述べています。これを、「情報の非対称」といいます。
この時、まず、買い手が自身にとっての価値の平均値である60万円を提示したとする。すると、もしこの中古車の本当の価値が60万円より高ければ、そのことを知っている売り手は取引をしないであろう。取引に応じるのは、本当の価値が60万円以下の時だけである。
買い手にとっては、価格がジャンクから掘り出し物まであり得ることを前提に、このように平均を提示するのが合理的ですね。
そうなると、買い手は相手が取引に応じるならば、中古車の価値は60万円以下であるということを知ることになるので、買い手にとって中古車の価値は20万円から60万円の間に分布することになる。
売り手が現れるということは、売り手にとっての価値はこの60万円より低いことが買い手にも観察できてしまいます。
そこで、買い手は新たな価値の平均値である40万円を提示しなおすとする。すると上記と同様の流れにより、買い手が取引に応じるのは本当の価値が40万円以下の時だけであろう。以下同様に繰り返していくと、最終的には中古車の価値が20万円というジャンクの場合にしか取引は成立しないこととなる。その結果、中古車市場での取引は閑散としたものとなり唯一取引されるものはジャンクのみ、となってしまうのである。
ウィキペディアの執筆者,2015,「逆選抜」『ウィキペディア日本語版』,(2016年1月19日取得,https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%80%86%E9%81%B8%E6%8A%9C&oldid=56100126).

この話は、元々は健康保険を念頭に考えられていたのが、アカロフという学者が情報の非対称がある場合一般に生じると説明したことでよく知られることになりました。

Akerlof, George A. “The Market for ‘Lemons’: Quality Uncertainty and the Market Mechanism.” The Quarterly Journal of Economics 84, no. 3 (August 1, 1970): 488–500. doi:10.2307/1879431.

本当なら高い品質のものを高く売りたい人は売りたくても売れず=買い手がそのような値付けをしてくれない、いい商品が市場に出回らなくなります。出回らせるためには、大幅なディスカウントを余儀なくされます。

ドーピングと逆選択

さて、ここで

  • 売り手=ロードレースの選手(またはその集合体であるチーム)
  • 買い手=スポンサー
  • 買い手にとっての価値=選手が活躍して得られる市民からの注目と賞賛
としてみます。

ここで、
  • ドーピングをした選手は「レモン」=活躍してもそれが事後的に明らかになった場合には買い手=スポンサー にとっての価値がゼロ
  • 選手がドーピングをしているかしていないかは、選手にしか分からない
となる場合、どうでしょうか。

上と全く同じ説明が当てはまりますね。

スポンサーは、ドーピングが入っている可能性を考慮にいれ、安い価格しか提示しません。
これは、真面目でパフォーマンスが高い選手にとっては馬鹿馬鹿しくてたまりません。他のスポーツに行った方がましでしょう(死蔵)。
あるいは、不誠実なプレイヤーがいることを前提とした安い価格で我慢するか。
それくらいなら、いっそドーピングをしてやろうという人もいるでしょう。

結果、ドーピングは蔓延し、スポンサーの投資も低調に留まることになります。

逆選択への対応

もっとも、アカロフが説明した通り、このような状況は情報の非対称があるところ全てに生じます。したがって、多くの対策 - 常に完璧とはいえませんが - が考えられています。

  • まず一番簡単に思いつくのが、品質を一律・強制的に検査し、売れるものを許可制にすること。
    しかし、この検査の実効性に疑問があったり、検査・許可のコストが馬鹿にならないなどの欠点もあります。
    ドーピングの場合、検査の実効性が一番の問題ですね。
  • 次に、売り手に品質保証をさせ、本来の価値ではないことが露見した段階で、その部分についての損害を補てんさせる。
    実際、民法では瑕疵担保責任として一定の範囲でルール化されています。
    さらに、結果的な均衡を求めるだけでなく、そもそも抑止したい場合には、ペナルティ - 刑事的には詐欺になり得ますし、民事的にも実損を超えた巨額の損害賠償(いわゆる懲罰的損害賠償) - を科することも考えられます。
    しかし、この方法も、ランス・アームストロングという怪物 - 彼は現に様々なペナルティを被っており、それは分かっていた筈です - が現れたように、必ずしも実効的ではありません。
    本来の価値でないことが露見しにくい場合,、露見しにくいように操作可能な場合(ランスの例)、さらには露見の可能性を適切に数値化できない場合には、抑止に必要な適切なペナルティはなかなか設定しにくいです。
    そもそも、ドーピングの場合、露見した場合の損害は買い手(スポンサー)にかかるものだけでなく外部性を有します。業界全体の信頼を失墜させるという意味で、適切な賠償レベルの設定は難しい。
このように必ずしも完璧な対策はないのですが・・・これらに共通する要素であり、かつほぼコンセンサスが得られている対策として、その商品の品質を示す要素を可能な限り開示させるという方法が広く行われています。

例えば、株式市場などでは、上場前、そして上場後は定期的に会社の状況をフォーマットにそって開示させています。これが1つの典型的な例です。

ドーピングについて言えば、確かに、現時点でも、血液、尿等でデータの開示は行われています。

しかし、これらの情報はドーピングの有無という品質を推測するには足りない。現にドーピングをしている人間は補足されていますが、これは、その裏にある暗数を推測させるものにほかなりません。

なかなか十分とは言えない。

SKYのBrailsfordによるパフォーマンスデータ開示の提案

そんな中、SkyのジェネラルマネージャーBrailsfordが、Froomeの行ったパフォーマンスデータの開示について、全てのチームが同様の開示を行うべきだと提案したのこと。
Brailsford: Teams should publish rider performance data | road.cc




確かに、パフォーマンスデータ、特に同一人を時系列的に比較することは、ドーピングの有無を推測させるかなり重要な要素のように思えます。

これまでの開示が足りないのであれば、さらに透明度を高めるべき。

これは、逆選択への対応としては完全にセオリー通りです。

そして、これがSkyからされたこともまた完全にセオリー通りと言えます。

なぜなら、逆選択のプロセスで割りを食うのは、誠実かつ高品質な商品を有している売り手だからです。本当ならもっと高い値段が付くところを、不誠実なプレイヤーがいるために、自分を高値で売り込めない。

自分が高品質であることに自信があれば、他の不誠実なプレイヤーに開示を要求することは理にかなっています。
これにより、品質の高いプレイヤーと低いプレイヤーが区別され、高いプレイヤーには適切な値段が付くことになる。

そして、買い手にとっても、このような品質の差を認識できることで、安心して購入することができる。結果、業界全体のパイも膨らむ。

テクニカルな問題はあろうとは思いますが、少々の問題は無視しても進めるべきだと考えています。

陸上界で荒れ狂うドーピング禍ですが、前から悪評高かった自転車界が、パフォーマンスデータの定量的な解析と開示という方法により、最もクリーンなスポーツとなるポテンシャルを秘めている。これは非常にエキサイティングなことだと思います。

スポンサー撤退/参入の傾向と分析

・・・とお行儀良く終わってもよかったのですが、もう1点。

逆選択のプロセスは、要するに、品質の悪い不誠実なプレイヤーが、誠実なプレイヤーが築いた評判(商品価値)を横取りするものと表現することもできます。

ロードレースであれば、観客の「クリーンなスポーツ」「正々堂々と勝負」という思いを利用し、ドーピングを隠して勝つ。
業界全体にまだ残っている評判(商品価値)を誠実なプレイヤーではなく不誠実なプレイヤーだけが享受するプロセスといっていいでしょう。

このような逆選択のプロセスを理解している買い手は、そもそも参入しないか、参入後も、業界全体の評判が吸い取られているのを目にすることで、損切りのため安値で売り抜けることになります。

そして、そのような状況で敢えて商品を買う人は、2通りのパターンがあるように思えます。
  1. 逆選択のプロセスにあることは承知で、問題ないという品質開示を信じて買う買い手。しかし、これは往々にして裏切られることになります。
  2. 逆選択に汚染されていることを前提に、安値で買って、まだ誠実なプレイヤーによって残されている評判(商品価値)を横取り/利用して儲けてやろうという買い手
※この点でも、既存の組織を買わなかったSKYはまたしてもセオリーに忠実です。ゼロからつくってしまえば、「レモン」を高値づかみする心配はないからです。

さて。ここからは完全に憶測です。

ロードレースの伝統的なスポンサーシップとして、金融業界が存在しました。それがロードレースから撤退していくのが近年の傾向。これは、彼らが逆選択のプロセスを誰よりもよく理解しているからではないか。

そして、その後、誰が、どのような意図で参入してきたのでしょうか。

ここで終わりにします。




おもしろいですね。

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