2016/12/16

車道通行のロジックのうち唯一「非倫理的」と思う点

私は常日頃から次のように考えています。

  • 議論の善悪、正義かそうでないかよりも、社会にとって得かどうかを正面から考える
  • 立場の違いは認めつつも、問題の解決を第一に考える
したがって、現在の自転車の通行空間を巡る議論についても、あくまで社会にとって損かどうかという観点の量的な見解の相違と基本的には思っています。

見解の違いは、正義かそうでないかではなく、
  • 事実を誤認している
  • 事実認定の根拠が明らかでない
  • 論理的な繋がりが弱い
  • 人間の心理的な弱さ(リスク回避行動・Herding等に代表されるBounded Rationality等)を考慮に入れていない
これらがいかに損得勘定に影響するかという点についての言ってしまえば「細かい」話であり、それが倫理的に正しいかどうかについては基本的に興味はありません。

でも現在の政策は「車道通行ドグマ」が強い影響を及ぼしている

しかし、同時に、私は現在の「安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン」を筆頭とする自転車通行環境の政策が向かっている方針は損得勘定を越えたドグマ(信念・観念)が支配していると考えており、かなーり批判的です。

いつもTwitterではgdgdうるさくてすいません。

本来、道路整備と通行ルールの関係は、次のような関係にあるはずです。
  1. 安全性、経済性等を技術的見地から検討して道路を整備
  2. 当該道路状況を前提に、道交法をあてはめて、通行者を配分する
最近知られるようになった、道路交通法における自転車の車道通行は、2の局面に属します。

道路交通法は、道路通行環境が一度整備された後の所与の環境を前提に、ではそのような場所ではどういう優先順位/方法で通行するのですか?ということを定めるルールなのです。

例えば、道路交通法における自転車の車道通行は、自転車道が存在しない道路におけるルールです。言い換えれば、自転車道を作ってしまえば普通自転車はそこを通行する義務があり、そこで「車道通行ルール」は普通自転車に対しては意味を有しません。

また、歩道がある場所においては、例え基本は車道通行であるとしても、道路状況によっては自転車利用者は歩道を徐行して危険を回避することが可能です。

このような通行ルールは、プログラミングの"if" "else"みたいに前提条件と分岐の関係をさだめるもの。ある状況ならある通行、というだけであり、例えば例外に陥ったからといってそれが「恥じるべきもの」「価値的に低いもの」といった含意はありません。

ところが、現在のガイドラインでは、そもそも1の道路整備の局面において、「自転車は車両だから車道が原則」という、道路整備がされた後の議論を持ち出すという倒錯した論法に陥っています。


車道通行を基本とした自転車通行空間整備を促進することは、「自転車は、車道が原則、歩道は例外」、「車道は左側を通行」等を国民に周知し、浸透させる上でも有効である。 

通行ルールを周知させるためにリスクに晒すという発想は損得のレベルでは片付かない

ここからが本論です。

このように、現在ガイドラインは、道路整備の場面において、道路自体の純然たる安全性・経済性のみならず、本来論理的には後の存在である通行ルールの周知という目的を考慮要素にいれていることを明示しています。

この方針は、元々は平成23年の警察庁の通達が始まりのようです。
この通達はガイドラインの参考資料に含まれています。
ガイドライン 参考III-93
従来、自転車利用者は、多くの歩道で普通自転車歩道通行可(以下「自歩可」という。)の交通規 制が実施されていたこともあり、道路交通の場においては歩行者と同様の取扱いをされるものである という誤解が生じていたところであるが、近年の自転車に係る交通状況を踏まえ、車道を通行する自 転車の安全と歩道を通行する歩行者の安全の双方を確保するため、今一度、自転車は「車両」である ということを、自転車利用者のみならず、自動車等の運転者を始め交通社会を構成する全ての者に徹 底させることとした。そのためには、自転車道や普通自転車専用通行帯等の自転車の通行環境の整備 を推進し、自転車本来の走行性能の発揮を求める自転車利用者には歩道以外の場所を通行するよう促すとともに、
もっとも、注意して読むと、この書き方は現行ガイドラインとは異なります。
通達においては、あくまで「歩道以外の通行を促す」と述べており、これ自体、車道通行を推進することとは直接の繋がりはありません。

ところが、ガイドラインでは、ここから更に進んで、車道通行こそが、「自転車は、車道が原則、歩道は例外」、「車道は左側を通行」等を国民に周知し、浸透させる上でも有効」と明言していることになります。

リスクに晒すだけではルールは周知されない。人が死んで周知される・・・かもしれない。たぶんそうならないけど。


しばしば語られますが、この発想の裏には、リスクに晒すことでルールを守らせる、という考え方が存在します。

この考え方は近時よく周知されており、現にサイクリストの中にも「車道を走ることでサイクリスト・ドライバー双方のルール・マナーの向上が・・・」と言われる方もいらっしゃいます。

ろぜつさんの分析によると、日本におけるこの考え方の発火点は、現行政策の理論的支柱になっている古倉教授の2004年の博士論文の次の記述(p445)に求められるようです。
米国の州の道路交通法に当たる車両法では「自転車の運転者は自動車の運転者と同等の権利を有し、義務を負う」と明言されているところがほとんどであるように、権利と義務をセットで自転車に認め及び課している。これにより、クルマも車道通行の自転車に対してその走行を尊重するし、自転車側も責務としてクルマに適用される同じルールを遵守する
一見もっともらしいですが、この点についてはかなり致命的な問題があります。

1点は、本当にそうか?論拠がないのではないか?という点。これは上記「損得」の問題の1つです。細かい話なので今日はパス。

今回申し上げたいのは、そちらではありません。

このような関係が仮に成り立つとしても、それが実現する過程で、死者が出ることが容易に予想され、現に他国では経験されているという点です。

人間は強い生き物ではない。人間は自身による、あるいは身近な存在による衝撃的な体験がない限り、現に存在するリスクから目をそらし続ける生き物です。

このことは、「行動経済学」というノーベル賞を取ったこともある一連の研究で明らかにされています。もはや世界の公共政策における常識といってもいい考え。

車道で混在させれば皆がルールを守る、という耳障りのいい考えですが、その機序(プロセス)を具体的に考えると、それが万が一あり得るとしても複数人の死者が出てからでしょう。

このことは現に自動車事故がなくならないことを考えて見れば明らかであるように思います。自動車が自動車にボコスカぶつかっていることはみなさん頭ではご存じですが、事故が撲滅されるにはほど遠い状況です。

私が住むロンドンでは、当初、車道混在型の「サイクルスーパーハイウェイ」が整備されました。しかしその路上で死亡事故が多発。サイクリストの猛抗議を経て、分離型の自転車道に明確に舵を切ったという経験があります。

このように、実際に人が死んでいるのです。

敢えて「リスクに晒すことでルールを守る」という論法を採用する。

この点に関しては、例外的に「倫理的にどうか」という問いが成り立つように思います。


ちょっと酷くないですか?
とおもったのでした。

2016/09/23

コミケ戦利品シリーズ(4) フランス&自転車2015/企鵝自転車U-511+伊8編 Alpes+PARIS-BREST-PARIS

今回は、フォローもさせて頂いている@hideaさんによる2015年フランス自転車旅の本2冊です。
C90での新刊は企鵝自転車U-511+伊8編の方みたいですね。いずれも、筆者さんが2015年夏にフランスを旅されたときのできごとをテーマにしています。

フランス自転車旅・・・と言えばのどかに聞こえますが、実態はなかなかにハードコアです。

主目的は4年に一度開催されるブルベの祭典パリ・ブレスト・パリ1200キロへの参戦。ところがその前菜としてラルプ・デュエズをはじめとするフランスアルプスの山々をペロリと。

すごい。

偶然ですが、私もこの数週間前にアルプスのほぼ同じ場所を走っていました。そのため、自分の記憶と重ね合わせて楽しみました。

2冊のうち、フランス&自転車2015は、現地のきれいな写真を収めた写真集的な小冊子。このうち、個人的にいいなって思ったのは食事の写真。

UKに暮らしていると強く実感するのが、フランスの食生活との落差です。UKの飯が特別まずいというのはバイアスかかった言説だとは思います、が、フランスと比べると見劣りするというのは残念ながら率直な実感。

農産物とそれを素材にしたパン・ワインといった食品がとても高レベル。味付けもなかなか手が込んでいて、田舎の宿で出てくるようなシンプルな料理でも全然飽きません。

フランスアルプス。日本からのアクセスは一見すると困難のようにも思えますが、インターネットで何でも個人で手配可能であり、時間さえ取れればそこまででもありません。元々冬のリゾートであり、夏場は冬のスキー客向けのロッジがサイクリストを迎えてくれます。

気の合ったグループでロッジを借り切って。。。ってはアリだと思うんですよね。誰か一緒に行きませんか?(o゜▽゜)o



後半のメインテーマは、パリ・ブレスト・パリ
言わずと知れたAudaxのシンボルといえる一大イベントです。

有名なイベントであり、色々な方が体験談を書かれていますが、企鵝自転車U-511+伊8編では様々な「仮眠テクニック」が紹介されているのが印象的です。

・・・と書きながら、妙なおかしさがこみ上げてきました。

普通のサイクリングの体験談であれば、主な話題は風景や地形(ヒルクライム、ダウンヒル)といった内容になるはず。

ところが、私の少ないブルベ経験からも実感が持てるのですが、距離が長くなると、そんなことより補給と休息の作戦に必然的に意識が集中します。

一般の人は、仮眠にフォーカス、と聞くとなんだろう?と思われるかもしれません。しかし、ランドヌールにとって、このような記録になるのはごく自然な帰結なのかもしれないな、と思ったのでした。

PBP参加してみたいなあ。。。

2016/09/21

コミケ戦利品シリーズ(3) 劇場版弱虫ペダルの舞台を実際に走ってみた

所謂聖地巡礼ジャンルですね。

弱虫ペダルは日本の高校生による公道レースがモチーフですので、必然的に舞台も実在の道路になります。

既に語り尽くされているとは思いますが、総北が総合優勝を果たした1年目の舞台は江ノ島~富士山。いずれの場所も走ったことがあります。

マンガに言うのは無粋ですが・・・あれは高校生には辛いんじゃないかと率直に思った次第です。

この本が舞台にしているのはアニメ劇場版。残念ながら私はアニメ放送時からUKにいたので、追っかけられていません。熊本台一と熊本を舞台に競うということ。

私は鹿児島県の出身なので、熊本にもある程度土地勘があります。自走したのは天草のみですが、いずれの舞台も「ああここか」と記憶が蘇ります。

本誌はこれらの舞台を自走し、アニメの対照される写真を収めていく内容ですが、筆者が自走されていますので、自動的にサイクルコースのガイドも兼ねることに。

地震前の貴重な記録でもある

熊本地震。大きな爪痕を残しました。

このような災害ではありますが、事実として、災害直前の自走記録を元に記事が作成されたことが、本紙の1つの特徴となっています。

特にそれが顕著なのが阿蘇コース。ラピュタの道の崩落を筆頭に、多くの場所で原型を留めないほどの地滑り等が生じました。

結果として、この本は、地震前の当地の貴重な記録となっています。

よく言われることですが、このような災害が起こる前には、皆にとって当たり前すぎるために、その土地の記録を敢えて残す人がいないという現象が往々にして生じます。

なかったら良かった偶然ではありますが、この本は確かに地震前の貴重な記録になっています。

私が次に熊本を訪れるのはいつになるかは分かりませんが・・・その際にはこの本を紐解いてみようと思います。

2016/09/20

ノルウェー・オスロ旅

に行ってきました。1泊2日。

福祉国家のモデルと言われ、国民の生活レベルが高いというイメージで語られる国ですね。ただ、歴史的には、デンマークとスウェーデンに挟まれていろいろと難しい舵取りを迫られていたようです。今もEU自体には加盟せず、独自の立場を維持しようとしています。

ヒースローからA320で2時間。空港は首都オスロ中心部から50キロ以上離れた所にありますが、市街地とは高速鉄道で結ばれており、あっという間です。

空港は一貫して木材を利用したデザイン
ただし行きは各駅停車を利用。ノンストップの高速鉄道は帰りに利用しました。
今回の旅では、敢えてキャッシュを用いずに行動しました。イギリスと同様、あるいはそれ以上にキャッシュレスになっているということですが、はたして。

町中につくと、まずは公共交通機関・博物館等がフリーパスになる「オスロパス」を購入。1日分ないし3日分のパスを購入することができ、これを用いればメジャーな観光地へは追加の手出しなくして行くことが可能です。便利。

ノルウェーはEUに加盟していませんが、近隣の加盟国との交通があるので、自動車のナンバープレートもEU共通のデザイン(ただしあのマークはない)を用いています。もっとも、オスロ自体の人口も多くなく(50万人)、また公共交通機関も整備されているので、自動車の量は日本の地方都市ほどもありません。

連節バスやトラムが結構な高頻度で運転されており、町も小さいのでさほど困りません。もっとも、トラムのルートは結構理解が難しいです。



さて問題の自転車はというと・・・残念ながらあまりぱっとしないというのが実際です。ごく一部自転車道や自転車レーンもありますが、あまり走行空間が整備されているとは言えません。石畳の道が多く、乗っている人はほぼMTBタイプ。そして、走行空間が整備されていないため、歩道通行も多く見られます。

よく言われる「欧米は車道が基本」は少なくともこの都市には当てはまらない感じです。

シェアサイクルも存在しますが、観光客には使わせる気が皆無です。ステーションには説明すらありません。

定番の観光ルートということでヴァイキング船(ロングシップ)
このほかにもアムンゼンが主役のフラム博物館など海に関する博物館が多数。
いずれもオスロパスで入れます。
このように公共交通機関が整備され、町もきれいなオスロですが、案の定物価は恐ろしく高い。ロンドンもたいがいですが、オスロの高さは半端ではありません。

1ノルウェークローネ12円程度ですが、500ミリリットルの水やスニッカーズが30クローネ弱(つまり300円超え)、レストランでちょっと食べれば150クローネスタート(2000円超え)。

はっきり言って高すぎです。日本目線だと3倍、UK目線でも2倍のイメージです。消費税も25パーセントあるのですが、それだけではないようです。

賃金も世界で一番高いということですが。

印象に残ったのが、家族連れ(その多くが子ども2~3人が普通)が歩いていると、お父さん、お母さん、小学生くらいのお兄さんそして未就学の子どもまで「全員が」スマホもってます。そしてポケモンをしているという。

さすがに日本でもそこまでは到りませんよね。お金持ち。

さて、カード払いの企てですが、結局現地では一度も現金を使いませんでした。というか両替もATM引き出しもしていないのでノルウェークローネがどういう紙幣や硬貨なのか見ていません。

カード払いで面白かったのが、チップ支払いの方法。

UKなどでは、カードリーダーにPINを入れる前に、「チップとして乗せる額」を入力する方法が一般的なのですが、ここでは、PINを入れる前に「チップ込みの総額」を入力することができます。別にそのままの数字をいれてもよいのですが、丸めた金額を入れるという意味では、こちらのほうが僅かばかりnudgeがかかっているように思います。

オスロフィヨルド
王宮 普通に庭園に入っていけます。ノルウェーの王家はかなりオープンなことで知られていますね。
特にあてもなかったので、体力的に無理のない範囲で主要な博物館を巡り帰還。リラックスしたいい休日になりました。

2016/09/17

自転車保険の義務化と業者の売り込みが同時並行で進むこと

保険未加入生徒は自転車通学禁止へ 大津の中学、市教委方針 : 京都新聞




という記事の紹介を頂きました。

自転車保険の義務化は近頃のトレンドです。

自動車と異なり、加害者がお金を持っていないリスク(信用リスク)が保険でカバーされているとは限らないため、自転車事故の被害者は、たとえ相応額の賠償が裁判で認められても、それを回収することが出来るとは限りません。

お金の回収ってのは本当に大変で、それを保険でカバーするというのは、出発点として私も支持しています。

ただ、保険というのは、どこまでいっても、負担の総量は変わらず、誰かが誰かのを負担する仕組み。

被害者が回収の苦労をしなくなることとは別に、その負担がどこにあるのか、その分担が適切は、常に考えなければなりません。

また、最近の保険の流れは「マナー向上」と絡めて語られますが、保険についてはは、古くからその存在により注意を怠る方向にドライブするという問題が指摘されています。

よく、保険をかけて事故を起こしても、そこそこ痛い額の手出しをしなくてはならない「免責額」というのが定められていることがありますが、これは、上記の問題に対処するための仕組みとして設けられているものです。

保険業者と自治体がタイアップすることの意味

今回気になったのは、一連の保険義務化の流れと平行して、自治体と保険業者がタイアップする動きがあることです。

直近では埼玉県のこれ。

埼玉県とau損保は協定を締結します― 自転車の安全利用や県の魅力PRなどを連携して取組 ― 

一見すると、県側に手出しなくしていろいろな協力を業者から得られる内容のように思えます。

しかし、このような県の協定と、上記のような学校レベルでの義務化のエンフォースメントが重なることには、ちょっとなあ、と思うところもあります。

冒頭の記事にあるように、例えば滋賀県の条例は、自転車保険を義務化したといっても、それに対する罰則はありません。したがって、それをエンフォースする仕組みが欠けていることになります。

しかし、学校に関しては別。今回、大津の教育委員会がこのような動きを取ることにより、少なくとも自転車を利用する生徒を含む家庭については、この条例が実効的なエンフォースメントを受けることになります。

さて、ここで、仮に特定の自治体が上記のようなタイアップを行うことで、当該損保について一定の「お墨付き」が得られる事実上の効果が生じたらどうでしょうか。

さらにすすんで、あまり考えられないのですが、学校が、「当校のルールを満たす保険業者はこれこれ」と指定してしまったら、どうでしょうか。

最近はちょっとわからないのですが、昔は、学校で使う服、靴、楽器etcといった機材について、特定の業者を学校がデフォルトとして用意し、そこから逸脱することは事実上選択肢として存在しなかった。そういう実態を経験した人は、多いと思います。

もちろん、例えば滋賀県の例で言えば、条例は保険への加入を義務化しているとしても、特定の業者を指定も推薦もしていません。

しかし、埼玉県のように、特定の業者と協定を結ぶ形を取ることは、事実上、一定の推奨効果があることは否定できないように思います。

競争を制約するような事実上の推奨が生じてはいないか

保険は強力な規制の下にある業種ではありますが、とはいっても、保険料については競争が働かなくては、消費者のためになりません。

しかし、そこにこのような事実上の推奨が生じてしまう場合、保険料についての競争は不十分なものになります。

極端な場合は、学校が高コストな商品(例えば、いろいろな「特典」「オプションサービス」がついた保険)を事実上のデフォルトとして提示することで、それ以降の生徒がそこに次々とロックインしてしまうことも考えられます。

人によっては規模の経済により安くなるというのを期待されるかもしれませんが、冒頭の少々の手出しなど、ロックインさせることによって今後得られる利益に比べれば、小さいことが多い(いわゆる「ティーザー」「おとり価格」)。

条例上は業者の競争に中立な内容であっても、学校の義務化の過程で、例えば県と協定を結んだ業者といった特定の業者に事実上誘導されることが仮にあるとすれば、それは、トータルで消費者のためにならない。

そんなことを考えたのでした。

2016/09/08

コミケ戦利品シリーズ(2) 荒サイコンビニガイド

同類のにおいがする!

私の弟は私のことをよく理解しています。

コミケ戦利品シリーズの第2弾は、Life Bike Balanceさんの「荒サイコンビニガイド」

内容はタイトルの通り、いわゆる荒川サイクリングロード(荒川下流緊急用河川敷道路)の近くにあるコンビニについての自転車目線のカタログです。

評価項目は、アクセシビリティ、駐輪スペース、トイレ、灰皿、補給食、イートイン、銀行ATM、雰囲気、特記事項。これを5段階評価するというもの。

内容はこれ以上でもこれ以下でもなく。直球ですね。

本の体裁は素朴の一言。後書きからも分かるとおり、よりよい自転車走行環境を!という熱意をそのままぶつけたとのこと。

#aminocyclo初版を思い出します。同じような熱意だけをドライバーに、自転車関係の道交法の解説を無理矢理コピー本にしたなあと(遠い目) 個人的にとても好感です。

後書きに次の記載があります。

何者かがこれ(注:コンビニの存在)を知らしめ、サイクリングやジョギングなどのアクティビティを楽しむ人達が頻繁に利用する店舗が出現すると、コンビニ業界の戦略も変わるやもしれません。

常日頃思うのですが、我が国の基幹産業の一つであり、圧倒的な経済効果の広がりを有する自動車の前には、自転車はとても微弱な存在です。

よく見てみれば、例えば健康上のメリット等、1つ1つは小さくとも積み上げれば国家レベルでの大きな利得になる。例えばUKなどではそれが現に政治的に大きな力を得るに到っています。

しかし、日本のように自動車産業が巨大な力を持っており、これに対して構造上組織化が難しい自転車産業・ユーザーという構図がある場合、政策形成において、常に自動車に有利なバイアスがかかってくることは不可避です。

もちろん、それが民主主義社会ということですが。

そういう中で地道に出来ることがあるとすれば、交通にダイレクトに関わる業界のみならず、全く関係ない業界に、自転車から得られる利得を及ぼすこと。それを通じて、少しずつ政策へのインプットを強めていくことのほかないように思えます。

例えば、都心での宅配便による自転車利用。
地方であれば、自転車を用いたサイクルツーリング。

本書の文脈で言えば、自転車ユーザーが地域の店舗の常連になれば、そのような店舗の経営者は、自転車利用を増やす政策への支持者となるでしょう。

1つ1つは小さな事ですが、自転車ユーザーが様々なところに好影響を及ぼす。そういう努力が求められているように思うのです。

内容自体は淡々とコンビニの評価を述べているだけですが、そんな熱さを感じられる本書なのでした。

2016/09/02

コミケ戦利品シリーズ(1) 温泉ヒルクライム Spa&HillClimb

当ブログは元々コミケに出展していたサークルを由来としており、Twitterのアカウントもその界隈の方々を追っかけるために作ったものです。

イベントには長らく参加できていないのですが、以前より自転車、旅行、評論系のサークルを中心にウォッチしていました。

今年は、帰国前に弟が夏のコミケに遊びに行くということでしたので、自転車島の訪問を依頼。代理購入してもらったものをロンドンに持ち帰ることができました。
適当に目についたものを、とお願いしたところ、こんな感じで調達してきてくれました。

順番は手に取った順です。

1 温泉ヒルクライム Spa&HillClimb by DAIさん帝国

  • Vol.3 2015 Summer 渋・草津編
  • Vol.4 2015 Winter 乗鞍・上高地編
  • Vol.5 2016 Summer 美ヶ原・霧ヶ峰編
の3冊。いずれも、周辺の山と温泉地を自転車で巡る旅行記。

温泉と山、ヒルクライム。

私自身は、温泉に入るとそれなりに体力を消耗したり、再び走り出すのが億劫になるのが容易に想像できるといった理由により、あまりやったことがありません。通過はしても入らず。

しかし、日本の地理は山あるところに温泉有りといっても過言ではない。これらを同時に楽しむのは、我が国の特権とも言えます。アルプスにもピレネーにも温泉は(知る限り)ほとんどありません。もったいない。

バイアスは承知ですが、方向性は別にせよ、往々にしてエクストリーム化する傾向のある自転車趣味。1つのものを追及するより、このように余裕を持って楽しむほうが意外に難しいとも感じます。

いずれの記事も、コースプロファイルや斜度等の記載はあるものの、内容の中心はそこではなく。山々の風景や季節の空気、そして道中の温泉がメイン。

もっとも、自転車抜きでもこの内容が成立するかというとそうではなく。というのも、コース選択が、短いと40キロ、長くても120キロという範囲を突いており、その中で走行+αをいかに楽しめるかを追究しているからです。この距離は、ドライブというにはやや短く、徒歩では不可能。自転車で無理なく行ける範囲で絶妙なコースセレクションがされている。

本の作りも素敵ですね。この種のはブログでもよくあるネタではありますが、印刷物となると全く得られる印象が違うように思います。

筆者の方の温泉愛を感じてほっこりとした気分になる本でした。

2016/08/06

「都が進める自転車走行空間の整備について」に対する公開メッセージ

東京都 御中

「都が進める自転車走行空間の整備について」に対する意見

平成28年8月6日

意見の趣旨

御庁建設局道路管理部安全施設課 若月 宣人氏 神山 将氏 が「平成28年度スキルアップセミナー関東」において発表された「都が進める自転車走行空間の整備について」(本件論文)の内容につき、ロンドンの自転車走行空間の整備にかかる部分に事実誤認が存在します。

仮に今後、このような誤った事実認識を前提にして御庁管轄下における自転車走行空間の整備が行われる場合、当該事実誤認は、御庁の裁量権を踏まえても、個別の整備の違法性又は当該営造物の瑕疵についての評価根拠事実となる可能性があるものと考えます。

そこで、御庁における自転車走行空間の適切な整備に資するべく、公開メッセージの形で、ロンドンの自転車走行空間の整備状況について指摘させて頂きます。

該当部分

本件論文中、事実誤認があるものとして指摘させて頂く部分は、次の通りです。

2ページ
(2) ロンドン市における自転車走行空間の整備事例 
ロンドン市における代表的な自転車走行空間である CSについては,2010年に 12路線が計画され,現在 4路 線(CS2,3,7,8)約 41km が完成している(図-1). CS の整備手法は路肩を青く着色する自転車レーン(図- 2 左)と,相互通行の自転車道が中心である.また上・ 下線で整備手法が異なるもの(上り線は自転車レーン・ 下り線は車道混在の路面表示)もある(図-2右). 
一方で,これらの手法で整備した CS においても,自動車との接触や左折時の巻き込み等の事故が課題となっ ていることから,自転車利用の安全をより確保するため, 車線数を削減することで空間を確保し,構造的に自転車 と自動車を分離する手法 3)(図-3)での,改良・整備を 検討するとしている. 
(写真省略・下線強調部は意見書筆者)

 事実と異なる点

本件論文中、ロンドンの自転車走行空間の整備状況に関する事実認識は
  • 公開時点において、CSの整備手法は着色型自転車レーンと、相互通行の自転車道が中心
  • 構造分離の手法については、今後の改良・整備の検討課題
と理解することができます。

しかし、このいずれの認識も、遅くとも本件論文の公開時である2016年6月の時点において、事実と異なるものと考えます。

構造分離を今後「検討する」とされている点→これは確定方針である

2013年3月時点で、構造分離は確定した方針である

上記箇所において、構造的に自転車と自動車を分離する手法での整備を「検討する」とされています。しかし、遅くとも2015年5月時点では、この整備は確定した方針とされており、「検討する」のフェーズではありません。

この方針については、2013年3月の時点で、ボリス・ジョンソン市長(当時)の公式な見解として発表されています。


上記ペーパーにおいて「segregated」で検索して頂ければ分かるとおり、2013年の時点で、ロンドンは構造分離型の走行空間に方針を転換しています。

例えば、9ページの以下の記載をご覧下さい。(下線強調部は意見書筆者)
A Tube network for the bike. London will have a network of direct, high-capacity, joined-up cycle routes. Many will run in parallel with key Underground, rail and bus routes, radial and orbital, signed and branded accordingly: the ‘Bakerloo Superhighway’; the ‘Circle Quietway’, and so on. A ‘bike Crossrail’ will run, substantially segregated, from west London to Barking. Local routes will link with them. There will be more Dutch-style, fully-segregated lanes and junctions; more mandatory cycle lanes, semi-segregated from general traffic; and a network of direct back-street Quietways, with segregation and junction improvements over the hard parts. 

2015年のヒアリング時点においては、もはや「検討する」の段階ではない

これに対し、本件論文の本記載の根拠と思われるものとして、脚注に次の記載があります。
  • 3) Mayor of London:ヒアリング資料(15 May 2015)
  • 4) Mayor of Londonホームページ:「CYCLING REVOLUTION LONDON」(2010),<https://www.london.gov.uk/sites/default/ files/cycling-revolution-london.pdf>アクセス 2016 年 5 月 26 日. 
3)については被引用文献にアクセスすることが不可能ですが、本件論文冒頭に「各都市の自転車政策担当者へのヒアリング結果や現地調査」が行われた旨の記載があることから、当該資料は、2015年5月ころに行われたヒヤリングに際して提示された資料と推測されます。

しかし、上記"The Mayor's Vision"の記載の通り、2015年時点では、構造分離型への転換は確定した方針であり、「検討する」という段階ではありません。

2013年の"The Mayor's Vision"に言及されない点の不可解

不可解なのは、2015年5月頃に現地にてヒアリングを行われたにもかかわらず、上記2013年の"The Mayor's Vision"について本件論文において言及されていないことです。

ロンドンの自転車政策を論じる上において、これは基本資料というべきものです。既に過去のものとなった2010年の資料について引用しておきながら、その方針を覆す公式の政策ペーパーについて言及がないことそれ自体が、本件論文において事実誤認があることの重大な傍証であるものと考えます。

構造分離は現に着々と進行し「路肩を青く着色する自転車レーン」が中心ということはできない

そして、本論文が公開された2016年6月時点では、これらの整備は着実に進行しており、多くの箇所で構造分離が完成しています。

ゆえに、「路肩を青く着色する自転車レーン」が整備の中心ということもできません。

私が撮影した動画は次の通りですが、YoutubeでCycle Superhighwayで検索して頂ければ、整備状況については容易に確認することができます。




当局自身も、上記"The Mayor's Vision"から3年経過の節目における自己評価において、自動車から自転車への転換を促進したと評価しています。


上記ペーパーにおいて、ボリス・ジョンソン市長(当時)は、構造分離型の整備を最初から行うべきだったと強い言葉で述べています。
Our original painted lanes were revolutionary at the time. But knowing what I do now, we would have blasted ahead with our new segregated cycle lanes from the beginning. 
また、10ページには、構造分離が自動車からの自転車への転換を加速したとして、次の記載があります。(下線強調部は意見書筆者)
Our cycling infrastructure will accelerate these trends. It has already! Most of this has been achieved before our main infrastructure projects have even opened. But early evidence is that when they do open, they lead to even faster growth. At Vauxhall Bridge, the first central London segregated Superhighway to be opened in November, we have already seen a 73 per cent increase in the number of cyclists using the bridge. More than 80 per cent of the cyclists crossing the bridge are using the segregated track. 

小括

以上の通り、本件論文中のロンドンの自転車走行空間の整備状況に関する事実認識については、遅くとも本件論文が公開された時点において事実に誤りがあります。

事実認識の誤りが有する意味について

ご承知と存じますが、行政裁量が存在するとしてもその裁量権の行使の前提としての事実認定に重大な誤認がある場合には、当該事実誤認が裁量権行使を違法たらしめる要素となることは、最大判昭和53年10月4日民集32巻7号1223頁(いわゆるマクリーン事件)以来の裁判所の一貫した考え方です。

本件論文でも示されているとおり、現在、御庁における自転車走行空間整備は「車道の活用を基本」とすることとされています。

このような整備方針の当否、さらに究極的には個別整備の国家賠償法等における合法・違法を論じる上で、他国の整備のトレンドが参照されることは、言うまでもありません。

この意味において、ロンドンが、一度は御庁同様の「車道の活用」を推進しながら、それを市長自らが誤りと認めて構造分離型に方針を転換したことは、重大な意味を有します。

しかし、本件論文においては、2015年に現地調査を行われたにもかかわらず、例えば2013年の"The Mayor's View"に言及がなく、あたかも車道上整備が現在も中心であるかのような記載となっています。

このような資料の見過ごし及び事実認識の相違は、少なくとも私のようなロンドンに居住している一市民の視点からは、およそ起こりえないという意味で重大な過誤であり、またその内容もロンドンの全市を挙げた努力を過小に記載するという意味で不当と言わざるを得ません。

さらに、これは実際にはあり得ないものと考えておりますが、仮に御庁の既定の方針としての「車道の活用を基本」と齟齬するといった考慮から、構造分離に転換したロンドンの実情を資料を割愛するなどして過小に記載したのであれば、これは絶対に許されない行為です。

いずれにせよ、この事実認識の誤りは、御庁の整備の正当性さらには合法性に対し、大きな影響を与えるものと考えます。

よって、本意見書を公開メッセージの形で提出し、御庁において正しい事実認識のもと政策立案をされることを希望いたします。

以上

※意見書筆者について

私は、自転車に関する政策一般について関心を抱くロンドン在住の一市民です。ロンドンに移住する前は東京に生活し、また近い将来東京に戻る見込みです。

2016/06/30

シマノ9100系の発表と次期バイクの構想

SHIMANO USより

シマノから新型Dura-Ace 9100シリーズが発表されましたね。

www.duraace.com

2016/06/26

自転車クラスタのためのBrexitとはなんぞや?

UKに住んでいる以上、このネタには触れざるを得ないでしょう。
(Twitterでは既に色々述べていますが)

EUとは何か?UKが抜けることの意味って?輪界を題材に考えてみよう


ご承知の通り6月23日のレファレンダム(国民投票)でUKがEUを離脱する方針が決しました。これについては様々なコメントが溢れていますが、意外・・・でもありませんが、そもそもEUってなんぞやというところを抑えた日本語の情報はあんまりありません。

そこで、今回は、EUとは何か?というところから、具体的に何が起こるのかまで、自転車業界を題材に考えてみようと思います。

2016/06/23

「自転車は車道が原則」と「自転車は車道を走らなくてはならない」は全く違う

結構混同されてますよね・・・

自転車安全利用五則 自転車は、車道が原則、歩道は例外 警視庁




ご承知、近頃、いわゆる国策となった「自転車は、車道が原則、歩道は例外」

この論拠として挙げられているのが、道路交通法における自転車 (軽車両)の位置づけと、車両の車道通行原則です。

この説明については、上記リンクをご覧頂ければ分かると思います。

この説明自体は、警視庁の説明ですし、完全に正しいです。

しかし。

このことは、自転車の利用者が、法的あるいは道義的な意味において「車道を走らなくてはならない」「車道を走る努力をしなくてはならない」「車両を走ることが尊重され、歩道を通行することは慎まなければならない」ことを直ちに意味しません。

少なくとも、道路交通法の規定自体は、そのような要求はしていないと私は考えています。

ここには、ものすごーい隔たりがあります。

今日はそんな話。

2016/06/20

ウェールズの田舎を600キロ走りながら考えたこと3 田舎道の価値

こんな1車線の荒れたマウンテンパスばかり
今回のコース、多くが写真のような荒れた峠道。
1車線、舗装はガタガタで砂利も浮いており、斜度やカーブも容赦ありません。

2016/06/16

ウェールズの田舎を600キロ走りながら考えたこと2 天気とコースと機材と

天気とコースと機材と

ずーっと雨に加え、アップダウンの連続

2016/06/14

ウェールズの田舎を600キロ走りながら考えたこと1 補給

安全には気を遣いますが、そうはいっても何か考えてないと色々と持たないのが600キロライド

先週末に行われたウェールズ600キロブルベについて

晴れたのは最後の一瞬だけ。あとはほぼ雨続きでした。


2016/06/03

6月11日 Mae Mr Pickwick yn mynd i chwilio am ddreigiau a chwedlau

Mr. Pickwick goes in search of dragons and legends

ウェールズ語らしいです。

6月11日、初の600キロブルベに参加します。
ほぼウェールズ一周



獲得標高は9500メートルを超えますが、制限時間は通常の40時間とのこと。
ほぼウェールズを一周するコース。

ウェールズについてはあんまりイメージがありません。

イングランドより山がちということですが、どの程度でしょうか。コースプロファイルを見る限り、緩やかな丘が延々と続く印象。最大でも登りは10キロも続かないようなので、日本の「山岳ブルベ」とはまた印象が違うのではないかと押す蔵します。

600キロということで、何より安全に帰ってくることを目標に。

装備

6月なのですが、最近のロンドンの気温は未だ10度前後。ぱっとしない天気が続きます。

そこで、冬とあまり変わらない装備で行くことを検討。長袖、ロングタイツ。

当然雨具、マッドガードも完全装備予定。

ただ、バッグ等については、出発地点にてセレクションをして、オルトリーブの通常のバッグと、トップチューブの補給食バッグのみでよいように思います。基本、100キロ毎に食べ物を買い込んで対応予定。

GPSルートは上記の通り作成しました。問題は電池ですが、Garminにモバイルバッテリーを繋いで対応予定。Edge1000の電池の持ちは本当にしょぼい。二度ほど電池がきれる計算になります。

ライト。夜の長さを調べた所、日の入りが午後9時、日の出が午後4時30分ころということで、7時間程度しか走行しません。

おそらくその間に仮眠も取ることでしょう。

ということで、VOLT400/300のノーマルモード(8時間持続)を常用することにします。仮眠中に充電すれば切れることはないでしょう。

補給・休息プラン

基本的には、100キロ走って1000キロカロリーの脂肪と1000キロカロリー強の糖分を消費する前提で設計します。経験的にもこれであってる。

5時間で100キロ走るとすると、1時間に一本、200キロカロリー程度のバーを食べればいい計算になる。。。筈です。これもまたほぼ経験と合っています。

問題はこれをコンスタントに続けられるかどうかにかかっていますが、ここは経験がありません。

実際、前回の300キロブルベでは、220キロ地点以降、補給を忘れてハンガーノック近くまで陥ってしまいました。

今回は、念のために、必要最低限の食料である25本のバーをバッグに詰めていこうかなとも考えていますが、これは容量次第ですね・・・

ルート上の町には普通に店はあるので、そこできちんと計算された補給を心がけたいところです。

買う物を決めておくのも1つの作戦かもしれません。スニッカーズとか、なんだとか・・・

おにぎりがないのが辛いところです。

習うより慣れろ

装備、補給について考えたら、後は現地入り、現地宿泊と脱出ルートですが、これは特に難しいことではありません。

あとは実際に走ってみてどう感じるか。オーバーナイトの走行は初めてですので、そこにどう対応するかがキモになりそうです。

楽しみ。

2016/06/02

nudge - 行動心理学を活用した目標達成

nudge(そっと押す)

提唱されて以来、公共政策の分野で大ブームとなり、その影響力は今も続いています。




ある目的を達成したい。このとき、刑罰のような強制的な方法ではなく、人の心理を利用することで、ターゲットが目標に自然に誘導されるようにする一連のテクニックとして提唱されたものです。

提唱者のThalerとSunsteinは、このテクニックのエッセンスを、次の6つにまとめました。
iNcentives
Understand mappings
Defaults
Give feedback
Expect error
Structure complex choices
Voilà: NUDGES

前提 人は合理的ではない!

この議論の大前提が、人間は合理的な存在(econ)ではないということ。
アイスクリームの味を選ぶのは簡単でも、結婚相手や家、投資対象を選ぶ場合には、人間は必ずしも合理的には行動していない。

この不合理さ - Boundede rationality - を前提とした上で、彼らは、上記6つの原則を提示しました。

iNcentives - 経済的なインセンティブを可視化しよう

もともと、インセンティブは、合理的な人間像を前提にしています。
でも、このインセンティブは、必ずしもうまく認識できるとは限りません。

インセンティブを付する上では、そのことが普通の人によく分かるように提示しなければならない。

提唱者が挙げている例は、自家用車とタクシーの比較。

合理的な人間であれば、自分の使う自動車の頻度と距離を確認し、自動車の購入費用とランニングコストを計算した上で、それをタクシーに置き換えた場合と比較するでしょう。

しかし、多くの人は、一度自動車を買ってしまえば、その購入費用は忘れてしまい、タクシーと自家用車を料金とガソリン代(とランニングコスト)で比較してしまう。

重要なのは、そういう計算において忘れがちな要素を常に思い出させること。

Understand mapping - 考慮要素を包括した選択肢を並べよう

私の中で、勝手に「定食」スタイル、と呼んでいます・・・

日本のレストランは、多くの場合、ランチで定食セットを用意していて、あまり考えなくても、昼食にふさわしいと思われる食事のセットをまとめて出してくれますよね。

ところが、ヨーロッパのレストランでは、そういうのがないことが多い。いちいち前菜、メイン、デザートと選ばせるスタイルが主流です。

予算、食べたい量、原材料etc...考える要素が多すぎますよね。これ、結構困るんです。

そこで、これらの様々な考慮要素を包括して、定食スタイルで提供する。焼肉定食、焼魚定食、ベジタリアンランチなどなど。これがUnderstand mappingの考え方です。

日本人は、ヨーロッパ人と比べて、食事を一品一品考えるほど暇ではないんですね。最先端を走っていると思います。

Defaults - 望ましい方にデフォルトのスイッチをセットしよう

デフォルトとは、「人間はものぐさである」という"事実"に対応するためのテクニック。

人は怠け者ですので、放っておくと、きちんとモノを考えずに、何もしない、今のままに流れを任せてしまいがち。

そこで、人に選択肢を提供するときには、何もしない場合に望ましいと思われる方向になるように、選択肢を設計する。

勿論、あえて別の選択肢を選びたければ、自由に選んでもらんでかまわない。

ちょっと問題になるのは、何が望ましいかは、人によって異なるし、事前に分からないこともあることです。ここは、少し議論がある点です。

現実の社会では、このテクニックは、むしろ商売人によってよく使われます。

しばらく前に問題になったダイレクトメール。
サービスに登録すると、そのアドレスに勝手にダイレクトメールが送られてくる方法がある時期までは主流だったのですが、規制によって、オプトイン方式 - メールを希望することを敢えて選択した人にのみ送る方式 - が原則として要求されるようになりました。

これは、政府によるDefaultの設定ということができるでしょう。

Give Feedback - フィードバックを与えよう

自転車乗りの皆さんが、これを一番実感されていると思います。

自転車を買って、毎朝一人で乗る。ただそれだけでは、長続きはしませんよね。

でも、友達と一緒にのってお互い速さを競ったり、あるいはStravaなどのSNSを使って「いいね」を受け取るだけで、やる気は全然違ってきます。

このように、人間は、自分の行動へのフィードバックがあると、すごいやる気を出します。

私は、SNS商法の本質はここにあると考えています。

FacebookもTwitterも、最近のSNSはほぼ全てこれをドライブすることに全ての知恵と能力を結集しているように思います。

Expect error - 人は間違えるものだ

これは、工学でいうフェイルセーフの考え方と被るものです。

人は間違いを犯すことを前提に、それをカバーできるように設計する。

例として挙げられているのは自動改札機。どの向きで切符をいれても、普通に動作しますよね。

利用者がみんな切符の向きに注意して行動することを期待するのは、無理かつ無駄が多いということです。

Structure complex choices - 難しい選択を構造化しよう

マッピングと近いところもありますが、少しちがいます。

マッピングは「定食」だとすれば、こっちは「フローチャート」というべきでしょうか。

例えば、借家を選ぶとき。
ここで、合理的に考えるとすれば、立地、家賃、設備などの考慮要素を全部横一列に並べて、それらを総合考慮する必要があります。

場合によっては、家賃が高くても他の要素で勝つこともあるし、立地がよくても設備がイマイチ、ということもあるでしょう。

しかし、多くの場面で、こんな総合考慮はしないことが多いのではないでしょうか。

「ただしイケメンに限る」ではないですが、「ただし○○駅に限る」とか、「ただし○○平米以上に限る」などの方法で、一定の足切りを行うことが多いと思います。

本当に合理的に考えるのであれば、○○平米よりすこし狭くても、他の要素を考慮すれば、OKな場合もあるはず。

しかし、考慮要素や選択肢が多すぎる場合には、総合考慮ではなく、このような足切りをしていって決めることが多いのではないかと思います。必ずしも常に最適とは限らないにせよ、足切りあるいはフローチャート式の選択方法を用意することで、スムーズな選択ができるようになる。

これが、Structuring complex choices。

交通政策への活用と問題

上記の定食の例ではないですが、実は、日本の社会では、意識してか、しまいか、これらのテクニックが既に多くの場面で活用されています。

私は、twitterで常日頃から「ルール/マナーが守られる前提で考えてもしょうがない」と述べるのは、この考えを意識しています。

人間は不完全であり、うっかりさんが一定数いることを前提に、制度は設計されるべき。

このことは、全ての人が利用する公共交通の政策において、より強く当てはまると思います。

他方で、このテクニックには、かなり大きな欠陥があります。その一つが、"nudge fatigue" - nudge疲れ - というべき現象。

これらのテクニックは、いずれも人の本能的な反応に働きかけるものです。しかし、同時に、人間はあらゆる刺激に対して慣れてしまう生き物でもあります。
慣れてしまうと、このテクニックは効用を失う。のみならず、本来望まれる目的が、かえって軽視されてしまうことにもなりかねません。

日本に目を向けると、横断歩道における自動車の一旦停止や、徐行といったルールは、広く無視されています。これは、この種の注意があまりに多すぎることに由来しているのかもしれません。

何事もメリハリが大切。

このテクニックは万能ではない。リスクに応じて、要所要所で投入することが大切ですね。

2016/05/27

ロンドンが分離型自転車道に舵を切ったときの・・・

ポリシーペーパー。かなり前に発表されたものです。
今日のTwitterでカーゴバイクネタをゴチャゴチャとやっていた際に、久々に紐解いてみました。



TfLコミッショナーのSir Peter Hendyによる前文。格調高くていいこと言ってますね・・・

今日はこのご紹介だけ。拙訳失礼。

But I am committed, too, because I believe this is about so much more than routes for cyclists. It is about the huge health and economic benefits that greater cycling can bring. It is about improving London’s streets and places for everyone, including those with no intention of getting on a bike. And it is about helping the whole transport system meet the enormous demands that will be placed on it.
(TfLのみならず)私自身にもこの政策を実行する責務があります。というのも、私にとって、本件は、単に自転車のルートの問題に留まらないからです。これは、自転車がもたらす健康上・経済上の巨大な利益に関わります。これは、全ての人のために - 自転車を利用する考えが全く無い人にとっても - ロンドンの市街地を改善する試みです。そして、これは今後見込まれる膨大な交通需要を満たすために、全交通機関を手助けするものでもあります。

(中略)
Nor do our policies for cyclists end with routes and junctions. Just as important is our range of other measures to make cycling safer and more normal. We support employers to get their staff cycling. We fund schools to train children. We will encourage people to construct routes of their own through new suites of smartphone apps. And we are doing an enormous amount to pinpoint and reduce the dangers from large vehicles. Cycling in London is about 25 per cent safer than it was 10 years ago. But safety remains at the heart of what we do, and is fundamental to this plan. 
私たちの自転車政策は、ルートや交差点の問題に留まりません。それらと同等に重要なのは、自転車をより安全かつ日常的(normal)に利用してもらうための一連の政策です。私たちは、被用者の自転車利用を促進する雇用主を支援します。子どもたち(の自転車利用を)教育する学校を支援します。また、今後、スマートフォンのアプリを利用して人々がルートを発掘することも支援していきます。そして、私たちは、費やせる限りの労力を、大型車に由来する危険を減少させることに費やしています。ロンドンの自転車交通は、過去10年で25パーセント安全になりました。しかし、安全問題は、いまでも常に私たちの政策課題の中心にあり、また、本プランの核心となっています。



公共政策を考える上では、常にThird Party Effect、日本語でいえば「外部性」に目を配る必要があります。

利用者とそのコストをダイレクトに負担している者だけではありません。この前文は、明確に、自転車利用は利用者以外の者に正の外部性をもたらすことを言明しています。

現状の自転車利用者がスムーズに流れればいいのか。
これは明らかにNOです。

今のルールとインフラを前提に利用できる強者のみが使えればいいのか。
これもNOです。

安全性を向上させ、ルールを調整し、自転車利用を拡大すること。これが国民経済、健康、そして他の交通機関利用者にとっても利益になる。

そういう確固たる自信が伝わってくる文章だとおもい、紹介する次第です。

2016/05/22

The Table of Eleven - どうして道路交通法は守られないのか?

いつも思っていますが、自転車走行環境に関する議論は、「ルールを守ろう」で思考停止することが多い。

しかし、今のルールが、本来の目的 - 安全で円滑な交通 - の確保のために最も効率的な方法かは、実はよくわからないところがあります。

ルールが守られない場合、「守る人の知識・モラルが低い」という議論に終始することも多いのですが、ルールが守られない原因には、ルールそのものの出来が絶対的に悪い場合や、ルールとそれを取り巻く環境やデザインとの食い合わせが悪かったりすることが多いように思います。

そのような場合には、闇雲にルールの遵守ばかりを説いても、なかなか守ってもらえないことが多い。

2016/05/18

前ブレーキレバーは右側?左側?

30代男性「プロのロードバイクはブレーキレバーが左右逆では?」 - cyclist




自転車レースをご覧の方には常識ですが、プロロードレースにおいては、かなりの割合の選手が、前ブレーキを左手のレバーに設定しています。

そして、メジャーコンポーネントメーカーのキャリパーブレーキは、左手レバーに前ブレーキを設定するほうが、ワイヤーの取り回しが自然になるように設計されています。

その理由について、上記記事はいろいろと推測しています。

ただ、この記事の内容は、栗村さんの経験(伝聞)または推測の域を出ないように感じます。

よく言われるのが、UKや日本のように左側通行の国は右前ブレーキであり、これに対し、大陸ヨーロッパは左前ブレーキであるという傾向。

これはどうして?いつのタイミングでこうなったのだろう?

とても気になるところです。

というわけで、ウェブで分かる範囲ですが、調べてみようと思いました。

出発点・UKではどうか

UKでは、右前ブレーキが法令によって義務づけられています。

http://www.legislation.gov.uk/uksi/2010/198/pdfs/uksi_20100198_en.pdf
Supply of assembled bicycles
4.—(1) Subject to paragraph (2), a person must not supply a bicycle unless the requirements of paragraphs (3) to (12) of this regulation are satisfied.  
(中略) 
(4) Where the bicycle is fitted with brakes which are intended to be hand operated— (a) the brake lever intended to be operated by the right hand must operate the front brake; and (b) the brake lever intended to be operated by the left hand must operate the rear brake. 
ただ、この理由付けについては、必ずしも明確ではありません。
一般によく聞くのは、前ブレーキのほうが制動力に寄与することから、それを利き手でコントロールする、というもの。

この説明は、経緯に照らしても、比較的説得力があります。

古い自転車は右前ロッドブレーキが多い?

第1回ツールドフランスの写真
フランスだけど右前ロッドブレーキ!
実際、古い自転車の多くが、前輪ロッドブレーキの操作を右手に設定していたようです。
ベンツ博物館にあった1910年代?のベンツ製自転車
右前ロッドブレーキ
とても美しい
これに対し、やや微妙な説明もあります。ブレーキの配置の違いは、通行方向の違いに由来している、この違いが右前左前に反映されているのだ、という説です。
Cables



My theory is that it is based on the reasonable idea that you should be able to have your primary braking hand on the handlebars while making a turn signal with the appropriate hand -- coupled with the erroneous idea that the rear brake is the primary brake.
私の説だが、これは、主となるブレーキを操作する手をハンドルバーに置いている間、その余の手で手信号を出すことを可能にするためではないかと考える・・・ただし、リアブレーキが主となるブレーキであるという誤った考えと共に。
微妙と述べたのは、この説明は、理屈がややトリッキーだからです。

左側通行であり、キープレフトを徹底する場合、右手で手信号を出すことが、後続車の視認性の関係で合理的であるように思えます。

そうすると、日本やUKのように左側通行の国においては、手信号とメインのブレーキ操作を同時に可能にするためには、左手を制動力あるブレーキに設定すべきではないか。

前ブレーキをメインブレーキと考えると、左手が前。

逆になっちゃいますね。

そこで、この説は、「後ろブレーキがメインブレーキという誤った考え」があったのではないかと主張しています。

しかし、過去のロッドブレーキの自転車を見る限り、この考え方は本当かなあ、と疑問に思っています。この点が、ちょっとトリッキー。

※後輪ブレーキだけの自転車のほうがメジャーだったという根拠があれば、ぜひ教えて下さい。

Why Do Brakes Differ From Country To Country? | CyclingTips




この記事も「後ろブレーキがメインブレーキという誤った考え方」という説明をしています。

道路の中心側にハンドシグナルを出すのは必然か?

ただ、歴史的には、左側通行の場合右手、右側通行の場合左手でハンドシグナルを出す、というのは必然ではなかったようです。

言い方を変えれば、ハンドシグナルを道路の中心側に出すのは必ずしも必然ではなかった。

実際、先日訪問したベンツ博物館の説明によれば、最初期の自転車は、路肩に転落することを防ぐため、ドライバーは道路の中心側ではなく、道路の外側に座っていたということ。

そして、その頃の自動車にはウィンカーなどありませんから、ハンドシグナルも、座った側のサイドから出していたようです。

証拠の確保を忘れていたのが悔やまれます

この場合、右側通行の国では、右手でハンドシグナルを出すことになり、左側でブレーキを操作することには、合理性があります。

大陸ではどうか

さて、これに対して大陸。

現在は概ね左前ブレーキとなっているようですが、過去の写真を見る限り、元々は必ずしもそうでなかったようです。

既に示したとおり、第1回ツールドフランスの写真も、20世紀初頭のベンツ製自転車も、右前ロッドブレーキです。

右手で制動力の高い前輪をコントロールする、というのは、少なくとも当時は標準的な仕様であったのかもしれません。

実際、大陸の中でも違いがあります。
現に、イタリアなどは、ごく近時まで右前ブレーキがプロレーサーの間でも使われていたようです。

例えば、古くはファウスト・コッピ、最近ではマルコ・パンターニの写真を調べてみてください。

いずれも右前ブレーキの設定になっているのが分かります。
Fausto Coppi, Tour de France 1952 02

謎は深まるばかり

こんな感じで様々な情報が出てくるので、謎は深まるばかりです。

きちんとやるのでれば、どうしてもネットでは限界があるので、書籍や特許公報等の資料に当たる必要がありそうです。

ただ、なかなかそういう時間もないので、次回は、さしあたり、ネットで見つけた古い自転車の画像をもとに、ヒントを探ってみようと思います。

続きます(たぶん)

「ルールを守る」で思考停止することによる損/ルールは交通安全の1ツールに過ぎないでしょっていう話

てなことを言うとまた怒られるわけですが(誰からとなく)、現在の自転車インフラに関するメインストリームの議論で、最も疑問なのは、この点です。

道路交通法は所定の道路状況を前提にした調整ルール


道路交通法は、道路インフラが場所によって様々に異なることを前提に、当該インフラの状態に応じて、複数の利用者(自動車、軽車両、歩行者・・・)の利用の調整を行うことをその内容にしています。
第一条  この法律は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、及び道路の交通に起因する障害の防止に資することを目的とする。
 ただし、このルールは、道路をどう作るかについては、一部の設備(例えば、信号機)を除き、規定していません。どういう設計をすれば安全な道路になるかは、道路法を筆頭とする公物法が規定しています。

単純化すれば、道路交通法は、どのような道路にすれば安全か、という設計については語りません。道路交通法は、現状の道路を見た上で、「この場合は、こう走ってね」と調整しているに過ぎない。

例えば、道路交通法には、自転車道の規定がありますが、これは「自転車道がある場合」の規定に過ぎません。同様に、歩道通行の規定もありますが、これも「歩道がある場合」の規定です。

当たり前のことですが、歩道通行のルールがあるからといって、自転車が走るための歩道を作る義務が生じるわけではありません。ただし、実際の政策立案においては、そのような事実上の影響があったのは確かなように思えますが。

交通ルールは、道路設計とともに、安全で円滑な交通を実現するためのツールの1つに過ぎません。

(特定の状況を前提にした)交通ルールが至上のものであり、道路設計もこのルールの理念に基づいてやるという考えは取り得ないと考えます。

メインストリームの議論:ルールが設計をジャックする

これに対し、メインストリームの議論は、どうも違う考えのようです。

「自転車ネットワーク計画策定の早期進展」 と「安全な自転車通行空間の早期確保」 に向けた提言
平成28年3月 安全で快適な自転車利用環境創出の促進に関する検討委員会
http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/cyclists/pdf5/proposal.pdf

ここには、次の下りがあります。
暫定形態での整備は、現に車道通行している、もしくは今後、車道通 行に転換する可能性のある自転車利用者の安全性の向上を図ることを 目的とするものであるが、「自転車は、車道が原則、歩道は例外」、「車道は左側を通行」等を国民に周知し、浸透させる上でも有効であるこ とから、整備を促進すること。
ご存じでない方のために説明すると、この「暫定形態」の整備とは、本来はもっとプロテクティブな設備、例えば自転車道等を設置すべき場所において、やむを得ず「車道混在」等の方法を採用する場合の整備方法を指します。

この「暫定」という言葉から分かるとおり、「暫定形態」の名の下に整備が行われるということは、その場所が本来もっとプロテクトが与えられて然るべき危険性が高い場所、という発想が論理的な前提となっています。

しかし、メインストリームの議論は、このような危険性が高い場所の暫定整備について、車道通行という道路交通法の特定のルールを「周知する」という積極的な意義を見出しています。
上記の通り、本来、交通ルールは、所与の道路の状態を前提にして、その後に考えるもの。

ところが、検討委員会の結論は、道路交通法の「車道通行」を、道路の設計より上位に置いているという関係にあるのではないか。

なぜそう言えるのか。

検討委員会自身が「暫定形態」と表現する通り、同委員会も、道路設計単体で見れば、もっとプロテクティブな、例えば自転車道の設定が必要なことは認めている。

そして、自転車道が設定されれば、車道通行原則の出る幕はありません。なぜなら、車道通行のルールは、自転車道がない道路における規定だからです(道路交通法63条の3参照)。

車道通行原則というのは、ある状況を前提とした調整ルールに過ぎません。このルールが、本来望ましくない「暫定形態」に積極的な意義を与え、道路整備を「裏口からジャックする」。

控えめにいって、交通ルールの過大評価ではないかと。

ルールインテンシブな議論は、思考を硬直化させる ー 要するに損だよ

冒頭に戻ります。

ルールインテンシブな議論は、本来他のツール(例えば、道路設計)で解決すべき問題を全てルールの問題に押し込んで、教える(例えば、道路交通教育)または脅す(例えば、刑罰による抑止)の議論に終始します。

現に、上記検討委員会は「利用環境創出」という名前であるにもかかわらず、延々とルール教育の議論がされていたということ。

本件でいえば、安全性が第一であるはずの道路設計に対し、「教育」という意義を付与することが、その現れです。ルール思考の典型的な発想です。

しかし、説明した通り、この思考は、本来望ましくない設計に積極的な意義を与え、道路設計の議論に不当な影響を与えている。

これはどうかなと思うところです。

さらに、このルール至上の議論は、同時に思考の硬直化を招きます。

問題の解決のためには、ルール以外の方法も同じテーブルで議論されるべき。

既存のルール、それも特定の状況を前提とした調整ルールを不動のものとして他の整備を規定してしまうのは、本当に適切な解決を見逃してしまわないか。

端的に言って、ルールインテンシブな議論は「損」だと思うんです。

ルールの意味と損得を意識せずにルール遵守の有無で語るのはイマイチ

ルールには意味があります。

「ルールを守る・守らない」で思考停止し、それがどういう状況を想定し、何を、どの程度守っているのかというルールの意味を理解しなければ、ズレた議論になります。

場合によっては、ルールに頼ることはコストの割に効果が悪い、別の方法を採ろう、ということだってあり得る。

例えば車道通行原則を推し進めるのであれば、体力的に弱い利用者は自転車の利用を諦めることもあるでしょう。その点についてのマイナスも加味した上で、他の方法、例えば道路の設計で解決できないかを同じ土俵で検討すべきです。

設計の意義すら「車道通行原則に資するかどうか」で考えるのは、議論が歪みはしないでしょうか。

どうなりますかねえ。

2016/05/16

生きる価値のアンバンドリングと自転車

今回は今まで以上にぼんやりとした話ですが・・・


自分がどう見られるか、ちょっと気になりながら
さあ、みんななんて言うかな
お似合いですよ、先輩!
まずはこれを。

終身雇用、年功序列、賃金右上がり。世界で日本が最も成功した資本主義モデルともてはやされた1970年代末から1980年代初頭を象徴するCMです。

「いつかはクラウン」という言葉

そして郊外の一戸建て

これは、私の親の世代。
所詮伝聞にすぎませんが、当時の人たちにとって、給料と地位、自動車、そして持ち家は、人生のステージが進むにつれ、不可分のものとして手に入るべきものであったかのような印象すらあります。

そして、多くの人がこれらを入手できるようになるにつれ、人は小さな違いを気にするようになります。

住宅の立地 東急新玉川線か東横線か?
自動車の車種 クラウンかカローラか?
地位 取締役か部長か課長か?

そんな蛸壺の中でドングリの背比べを続ける。
夢は「いつかはクラウン」

シンプルで幸せな時代だったように思います。

その後、日本の経済は現在に到るまで停滞しますが、このようなドングリの背比べ根性は、社会のいたるところに残っています。

これに対し、私がUKに来て思ったのは、ここにいる人たちは、あまりにも違いすぎるということ。

肌の色といった外見から始まり、宗教、働き方、住んでいる場所、そもそも言葉だって全く違います。

※もっとも、究極的にはオックスブリッジのインサイダーが根本を抑えているところはあり、そのなか相当の均一性はあるように思います。

そんな世界にいると、少々の違いなんてどうでもよくなるように。そこで考えることは、自分の手持ち資源を前提にした上で、どこまでそれを効率的に活用してのし上がるか。

このような多様な世界においては、上記のような価値のセット販売はあまり成り立ちません。皆が同じようなものをセットで手に入るなんてあり得ませんし、そんなところでは、細かな違いなんてどうでもよくなります。

このような社会において、現在進行形で、自転車利用が大きく伸びている。これはとても象徴的な事のように思えます。

世界で最も給与所得が高い町であるシティの勤務者、同じ町でメッセンジャー、デリバリーを担う人が、同じ乗り物に乗ってサイクルスーパーハイウェイを疾走する。



これは何を意味するのでしょうか。

自転車が、環境問題や健康問題への有効なツールであることは多く語られています。

私にとっては、いまロンドンで起こっていることは、自転車が多様性ある社会において果たす役割をこれ以上無く象徴しているように思います。

生きる価値は、これまでのセット販売から、今後ますますアンバンドリングされていくでしょう。その中で、自転車というツールが果たす役割は、どんどん大きくなるように感じています。

2016/05/14

生活道路にオービスを設置すること ちょっと費用対効果が悪かろうなあと

という報道。
事故防止という観点から好意的なコメントが多いようです。

「国民監視」というテンプレは完全に度外視した上で、私は、お費用対効果の点から、この施策は少なくとも単体ではあまり効果がないのではないかと考えているところです。

 「やらないよりはまし」という程度の意味はあるかもしれませんが、1台1000万円+維持費用を費やすリソースを、もう少し他に投入する方が意義があるのではないか、と。

理由は次の3つ。

数台導入しても、摘発率は改善しない

オービスは、ある路線のあるポイントで速度違反をした車を捕まえる装置です。
そうでない場所については、何らモニタリングを行いません。

したがって、現在は、高速道路で速度超過をおこしやすい、事故のリスクが高いといった場所に選択的に設置されています。

翻って、生活道路において、スピード超過に起因する加害が生じうるリスクがある場所は、無数に存在します。

したがって、数台導入した程度では、雀の涙ほどの摘発率の増加しか見込めないように思えます。

加えて、オービスには、プライバシーといった権利との兼ね合いから、設置する場合には予告看板を伴います。

さらに、最近は、レーダー探知機、カーナビ等のデバイスにより、オービスの設置場所を見極めることも容易になってきています。

これらの事実が意味することは、オービスは、設置された場所以外に抑止効果が期待しがたい装置ということです。サイレントで待ち伏せするねずみ取りとは違う。

以上の理由により、数台導入する程度で、摘発率について有意な向上は見込めないでしょう。

リスクが高いと評価できる生活道路に限っても、カバーするのは現実的には不可能です。

スピード違反に対するペナルティの程度が低い

摘発率×ペナルティの額=ペナルティの期待値(Expected Damage)

違反を犯すかどうかは、上記の方法で計算されるペナルティの期待値について「こりゃ嫌だ」と思うかどうかに左右されます。

したがって、摘発率が低い(見つけにくい)違反の場合は、ペナルティの期待値を高めるために、ペナルティの額を高くすべきというのが、規制における基本的な考え方です。

しかし、現在のスピード違反に関する規制は、大幅な速度超過により刑事手続(赤切符)となるものを含めても、ペナルティの額は摘発率との関係であまり高いようには思えません。
反則行為の種別及び反則金一覧表 警視庁




現に、簡易裁判所には、スピード違反で捕まる人が途切れることはありません。

この問題は、生活道路においては特に深刻です。

なぜなら、生活道路のようにマージンが少なく、歩行者が近接している場所においては、わずかなスピード超過であっても、歩行者に対するダメージは大きく違ってくるからです。

しかし、上記警視庁の反則金一覧表を見れば分かるとおり、生活道路か幹線道路かで区別した基準にはなっていません。

例えば、生活道路、制限速度30キロ規制の場所において、44キロで走行したら超過14キロとなりますが、これは反則金の区分では最低の額に位置します。
しかし、30キロと44キロでは、リスクの程度は大きく違うように思います。

今のペナルティは、抑止力を適切に発揮出来ない仕組みのように思います。

病気や能力の衰えによる暴走には対応できない

オービスは、スピードを抑えることを促す装置です。

つまり、病気や能力の衰えによって意図せず暴走してしまう人には、なんの効果もありません。

昨今、この種の暴走が目立っているのはご承知の通り。

まとめ そもそも生活道路を高速で走らせない仕組みが大切

以上から分かるように、私の理解では、オービスの効果は、「ないよりはまし」という程度のように思えます。
せめて、ペナルティをもう少し適切なレベルに引き上げることが、この措置を意味あるものにするように必要であるように。

限られたリソース。

同じ費用であれば、例えば生活道路への侵入を抑えたり、速度を物理的・心理学(本能)的に抑えるデザインに費やすべきではないかと考えているところです。

いかがでしょうか。

2016/05/04

外国人の観光客を誘致することと「外国人のマナーが悪い」ということの関係

きっかけは、このツイートでした。伊豆大島で開かれた自転車のアジア選手権についての地元自治体の振り返り。
多くの外国の方が来島したため、一部の国のマナーの悪さや交通ルールを遵守できない等の問題が発生し
という下り。
私は、おいおいそれはないだろう、と思ってしまったのです。

日本を見渡しても、すくなくとも表向きに「観光客誘致」を掲げない自治体は存在しないでしょう。少なくとも私は知りません。

国際的な競技大会というまたとないチャンスに恵まれながら、こんなことをオフィシャルに言ってしまうのは、あんまりではないか、と思ったのです。

なぜそう思ったのか

理由は2つ。規範的・倫理的な面と、実利的な面です。

1つめ、規範的な面について

その国にはその国ならではのお作法があります。「マナーが悪い」とされた来島者も、出身国のスペクトルで見れば、そう大きく逸脱した人ではないはず。

もちろん、ミニマムなルール、例えば日本における犯罪に到れば別でしょう。そのような最低限のルールは、厳しくエンフォースされるべきです。

しかし、マナーは時と場合による。日本国内においても違いうる。柔軟なものです。

マナーが悪い、と感じられたとしても、外国人によるそのような行為自体には、直ちに非難可能性はないと私は考えます。マナーは国によって違う。外国人客の立場から見ても、日本に来たから直ちに日本に合わせろというのは、期待可能性がない。そもそも知らないし、言葉で説明されても、なかなかぱっとは実践できないからです。

したがって、本件のように外国人が来る場合には「マナーが悪い」と倫理的に非難するのではなく、あくまで「マナーが違う」と考えるのが筋であるように思います。

我が国において、ご承知の通り、昨今「観光立国」という言葉がよく使われます。このような言葉を掲げた上で外国人観光客を誘致するのなら、各国間のマナーの違いは、当然の前提として織り込まれるべきです。

マナーの違いを受け入れることで、それへの対応のコストは生じますし、その分担については色々なアレンジが考えられますが、来てくれた外国人に対して、そのようなコストを生じさせたこと自体を非難するべきではない。

むしろ、非難するくらいだったら、最初から呼ぶべきではない。
呼んでおいて、来たら非難する、というのはあんまりではないか。

これが1つめの、規範的な理由です。

非難する気持も分かるという指摘

これに対し、次のような指摘がありました。
この指摘に対して、私は必ずしも同意できませんが、このように考えられる背景には、この種の非難に実利的な意味があるのかもしれません。

例えば、放っておいても一定の人を集める人気があり、かつ逸脱した者を非難する情報が流通することよってその人の「メンツ」を潰す効果があれば、一定の抑止効果がありうる。

公共政策の文脈では、Name and Shame, Public Censureと呼ばれる手法です。

しかし、この実利的な意味でも、外国人客に対して、マナーの違いを「悪い」と非難することには意味がない、むしろ損になる、問題を生じさせるように思えるのです。

2つめ、実利的な面について

非難されることを知ることによって、外国人観光客の足は遠のくのではないか

上記のように、非難が抑止という実利的な効果を有するためには、非難されないためのコスト(外国人観光客に関して言えば「郷に入っては郷に従う」を実践する)をわざわざ払っても、その国/コミュニティ/グループに入っていきたいという欲求や実利が必要であるように思えます。

そうではなく、他にもいくらでも同じような代替案があり、そこでは非難されないためのコストを敢えて払う必要がなければ、どうでしょうか。

世界中の国と競いつつ観光客を呼び込むことは、後者のような状況であると考えられます。

日本は、あくまであまたある国の1つ。他にもいろいろ魅力的な国はある。
そういうなかで、日本だけ「郷に入っては郷に従え」を厳しく要求し、そうでなければ小言を言われる。

そんな情報が流通したら、どうでしょうか。

「じゃあ、いいや」

ってなっちゃいそうな気がしませんか。

「相手が悪い」「相手が変わるべき」というマインドは、合理的な対策を阻害する

さらに、この非難は、受け入れる側のマインドにも影響を与えます。

上記の通り、マナーは「違う」ものであり、非難されるべきものでない。

とはいっても、その違いによって、コストが生じるのは確かです。

しかし、生じたコストは、得られる利益と天秤にかけ、場合によっては料金に織り込むなどして、コストを分担する。ここには、様々なアレンジがあり得ます。

また、相手を非難することで抑止を試みるのではなく、デザインでよりよい行動に向けて"nudge"することも考えられます。

※あんまり訳がよくないらしいです。。。

相手を非難して望ましくない行動を抑止することは、日本国内では可能かも知れません。時々マスコミがそういう非難の拡散を行うことがありますよね。

でも、上記の通り、他にいくらでも代替がある外国人にとって、そんな抑止は期待できません。
むしろ、そんな非難をするような国だ、という評判が広がるリスクすらある。

余談ですが、私は、東京オリンピックを控えて最近話題になっている、刺青をいれた外国人に対して「シールを貼ってもらって入浴させる」という発想は、とても侮辱的であると考えています。そして、スポーツのセレブリティには、かなり大がかりな刺青をしている人も多い。そういう人に対して「郷に入っては郷に従え」をこのような方法で求めることは、上記の意味でのリスクが高いと考えています。

このように抑止を試みるのではなく、不可避のコストの分担や、デザインによって、コストの問題として淡々と処理する。

このような処理を受け入れ側で行うことは、できもしない相手の変化を期待するよりも、ずっと効果的かつ効率的ではないでしょうか。

相手を非難することは、このような柔軟な思考を阻害します。

「あっちが悪いんだから、なんで我々が対応する必要があるの?」

そうではなく、相手を非難しないことで、透明のコストとして見ることができる。
あとは、それをどうさばくかの問題に過ぎません。

コストとメリットを天秤にかけても、なお無理な場合だってある

こんな考えのもと、私は、外国人のマナーが悪いと非難することは、規範的にも言い過ぎだし、実利的にもデメリットが大きいと考えてきます。

ただし。

無色透明のコストとして考えるとしても、そのコストを減らす努力が必要なことは、言うまでもありません。そして、どこかでこれ以上コストを減らすのが無理となった時に、メリットと天秤にかけてペイしないのであれば、本件のようなスポーツイベントであっても地元の判断で「いらないよ」と言えるのは当然のことです。

そこで、敢えて「国家的イベントだから」と押しつけるのは、傲慢以外の何者でもありません。

私は、そのような考えには立ちません。

本件の文脈で言えば、まず自転車界サイドも、可能な限り地元に負担をかけず、地元の人も気持ちよく応援できるような努力をする。外国人との「違い」についても、その軽減方法を相手を非難しない方法で追求すべきです。

いくら頑張っても地元への負担が大きいのであれば、地元自治体はビジネスライクに「負担と実利が見合わないので」とイベントの現在または将来に向かっての開催を拒否できて然るべきですし、そういう反応に対して自転車界が怒り狂うのは、やはり違うと思います。
そういう意味で、高速船の上記対応については、とても正当な話ではないかと思いました。あんまりメリットがないので、特別扱いはしませんよ、と。

一朝一夕に出来る問題でもないし、自治体を批判して直ちにどうにかなる話でもない

これは私の懺悔です。

繰り返しになりますが、私は、今でも、外国人のマナーの悪さを取り上げる言い方は適切ではないと思っています。
ただ、このご指摘にもあるとおり、そのような考えが出るのは決して不自然なことではない。ここは私はブーメランに陥っています。

そういう声が出ることは無理もないこと。
例え適切でないとしても、やたらに言うのはどうなんや、という指摘は、その通りに思えます。
短気が過ぎる、みっともない発言であったように感じています。

特に、本件は、自治体の職員の方には大変な苦労をされたものと容易に想像できます。彼らは、イベントを成功させたいという任務と願望の一方、町民からは様々な苦情を受ける立場にある。そのような狭間で書かれた町民向けの文章であることは理解しなければならなかったと感じています。
非常にクリアかつ説得力のあるご指摘だと思います。

このような問題への対応、感覚の違いを埋めるというのは、一朝一夕ではできることではない。また、自治体だけが変わって/自治体を批判して変えさせて直ちにどうにかなる問題ではない。

ただし、この辺をきちんとフォロー出来ないまま国際大会を開くことには、どうしてもリスクが残る・・・

とはいえ・・・

ここまで書いた上での感想ですが、このような問題が一朝一夕に解決できないということは、うかつに地元負担の大きい国際大会を地方で開くことにはリスクが伴うということにほかなりません。

十分なケアが来場者・現地住人の双方に出来ない結果、負担と不満ばかりが残る。そこで上記のような言い回し=見込み客である外国人に向けての非難が吹き出すと、他への悪影響が大きい。

結局のところ、このような噴出が不可避なのであれば、最初に私が述べた「やめた方がいいんじゃないか」というのは、回り回って、未だに私の中では相応の説得力を有しています。多くの人が不幸になってしまうので。

皆さんはいかがお考えでしょうか。

2016/04/18

UKの留学生ビジネスと自転車と

完全にアウトサイダーの思いつきですが…

ほぼ公知の事実ですが、英国には、留学生ビジネスというのが存在します。

英語が国際的な共通語である利点を最大限活用し、非EU圏からの留学生を高い学費で受け入れ、その利潤で、国内及びEU圏の学生(※EU圏内は基本的に差別的な取扱いが禁止されている)に安い学費でサービスを提供する。

この最大の顧客層は、簡単に分かりますが、Mainland China 中国の学生です。先日、習近平国家主席が訪英したさいには、(ちょっと出典が確認できていませんが)キャメロン首相より、中国からの留学生には大変感謝している、という趣旨の発言があったほど。

中国の学生が大多数というのは、昨今の経済情勢を考えれば無理からぬ所ではあります。

いずれにせよ、英国には、金さえ出して、かつ相応の能力があれば、どんな国からも人材を受け入れるよという文化があるのは、確かなように思えます。

さて、ご承知の通り、英国は、ここ20年間のBritish Cycling - Dave Brailsfordを筆頭とする努力によって、トラック・ロードを中心に、英国人選手が大躍進するに到りました。

ふと思ったのですが・・・この育成システム、金を積めば外国人にも開放してはくれないだろうか?と。

大学教育のみならず、芸術分野においても、英国は多くの外国人留学生を受け入れています。そうであるならば、スポーツにおいてもこのような留学生ビジネスは成り立つ余地があるはずです。

今日、近所のLee Valley Velo Parkに遊びにいきました。そこでは、未来のオリンピック選手(候補)が、トラックサイクリングの基礎を学んでいる。しかし、そこにはかなりの余裕があるように思えます。

翻って考えるに、日本の選手たちの多くは、これまで、ヨーロッパ大陸諸国に留学することが多かったように思えます。これは、想像ですが、これまでの先人たちの軌跡・人脈によるものではないかと想像します。英国でキャリアを詰んだ日本人出身選手、というのは、いらっしゃるのでしょうか・・・?

英国には、多くの選手を大陸の文化(含む、ドーピングという負の文化)とは独立して、わずか20年ほどほどで育ててきた実績がある。経験・伝統ではなく、確立したメソッド(例えば、マージナル・ゲイン)によって。

この実績、日本人のような全くのアウトサイダーにとって、かなり魅力的なようにも思えます。

今のところ、このようなルートは一見して見当たりません。もちろん、お金は必要でしょうが、このようなルートができることは、英国と外国人の双方にとって、相応のメリットがあるように思ったのでした。

2016/03/25

信号なし横断歩道前での一旦停止義務

交差点ではない、信号がない横断歩道がある場合に、自転車を含む車両はどう対応すればよいでしょうか。

道路交通法には次の規定があります。強調部は筆者。赤線部はいわゆる「条件」、黄色は「効果」にあたるところです。

2016/03/24

【これは】あるlawyerたちの会話【フィクションです】

セントラル・ロンドンのどこか。伝統ある法曹院。

法廷弁護士たちの夕食の儀式が行われるバンケットホールで、パーティーが開かれていた。

その一角、あるテーブルに偶然居合わせた5人。ベルギー人2名、アメリカ人、スイス人そして日本人。

食事もおおむね平らげ、話題も一巡したころ。こんな時に絶好のネタは、洋の東西を問わず、スポーツ。

2016/03/09

マリア・シャラポワの禁止薬物陽性とその弁解と/残念な弁解は正直者の評判も巻き込んで毀損する

いろいろ言われていますが、端的にいうと、本件の最大の問題は禁止薬物陽性の事実ではなく、その弁解が最悪クラスにうさんくさい内容であったことであったと感じています。

2016/02/28

マヨルカキャンプ 交通とかインフラとか環境とか

今回はライドではなく、マヨルカへのアクセス、サイクリング環境等について。

マヨルカパルマ空港

離島ということもあり、クルーズ客船を除けば、基本は空路でのアクセス。
リゾートアイランドということで、ヨーロッパの各空港からかなり高頻度のフライトが設定されています。

日本からのアクセスの場合、ヨーロッパのハブ空港からの乗り継ぎになります。ロンドン、フランクフルトが候補になります。乗り継ぎがうまくいって16時間程度。

乗り継ぎ1回の距離としては、悪くない感じではないかと思います。自転車をパッキングすれば、パルマまで一気に流してもらえますしね。

2016/02/23

マヨルカキャンプ Day2

マヨルカ2日目は、早速名高いSa Calobraへの下りへ向かいます。


宿泊地BinissalemからCol de Reisまで登り、そこから一気にSa Colobraまでの下り。

朝は気温6度程度、当月の朝としては若干寒い感じ。もっとも、ロンドンと比べればかなり温かい。ウインドブレーカーを羽織り出発。

2016/02/16

マヨルカキャンプ Day1

突然ですがマヨルカ島に来ています。

年末来より計画していたもので、ある種、年末年始に休みが無かったことの補償という意味もあり・・・

ご存じの方も多いとは思いますが、マヨルカ島はヨーロッパのプロロードチームの冬季キャンプのメッカ。あるいは、大久保嘉人選手の所属していたRCDマヨルカがあったということのほうが有名かもしれませんね。

2016/02/15

Continental Contact II導入

ロンドンの冬はパンクの季節。
路上にはガラス片とゴミ屑が溢れ、ウェットな環境によりタイヤがそれを拾う。

昨年来、コミューターバイクにはContinental Gatorskinをつかっていたのですが、その走行距離も4000キロを超え、今シーズンはたびたびパンクに見舞われることに。

The London Bike Show 2016 訪問


昨日13日、The London Bike Showに友人らと遊びにいってきました。
当日Twitterにアップした写真をTogetterを用いてまとめました。捕捉は随時追加する予定です(手抜き)。

2016/02/13

ヴェニスへの逃避(3)

ヴェネチア旅行の件も今回で最後。

路地探索と墓地島と

運河沿いの広い道、あるいは新設された道を除けば、こんな路地ばかり。
中世以来の町並みが残っているんですね。
運河からの入り口。
今回、上陸して脱出するまで約8時間。おきまりの観光地を回るだけでもいいのですが、以前から気になっていた、ヴェネチア北側にある墓地島 サン・ミケーレ島に渡ってみることに。
城壁に覆われたNecropolis
ヴェネチアは干潟に杭を打って作った町で、そもそも土地がない。衛生的にも、密集した市街地に葬るのは不適。

というわけで、少し沖に墓地専用の島を作っちゃったみたいです。
普通に水上バスでわたれます。

説明書き。ここからは写真禁止なのでなにもありません。
常識的な敬意を払うことと、いくつかの禁止事項を守れば、日中は誰にでも開放されています。

作られたのは19世紀ですが、今も埋葬は続いているということ。地図上では沖合造成もされているみたいです。

ここの(イタリアの?)お墓には故人の写真を付けるのが通常らしく、昔の生活を思いながら、静謐な空間を小一時間ほど散歩。

ヴェネチアのカーニバルはコスプレ広場だ

水上救急車
本島に戻り、うろうろしながらサンマルコ広場へ。
こっち・・・っすか・・・かなり躊躇されます。
レストランはちょっと高すぎですが、この種のお菓子はリーズナブル。
昼食代わりに。
ゴンドラ
先端の刃、衝角とはちょっと違いますが、なにを表しているのでしょうか。
不動産価格のチェックは必ずします。
億のオーダーが多いですが小さいのはもう少し現実的なお値段。
サン・マルコ寺院
コンスタンティノープルから強奪したアレがここに(乗っかってるのはレプリカとのこと)


狙った訳ではありませんが、たまたまカーニバルの時期で、広場には多くのコスプレイヤー(?)とそれを目当てのカメコ観光客が集まっています。
プロフェッショナルや
コスプレ広場と同じ光景があちらこちらに

撤収・・・涙


夕刻が近づいてきます
・・・
そして日がおち
バスにのって
お疲れ様でした。
今回の旅行ですが、往復のLCCが1万円程度、宿泊が5000円程度、ヴェネツィアでの交通費が3000円程度で、食事を除けば2万円程度。ヨーロッパは狭いなあというのを実感した二日間でした。

おわります。

2016/02/12

ヴェニスへの逃避(2)

前回の続きです。

メストレの自転車レーン、レンタルバイクとトラム

木曜日にinしたメストレ。
宿からいきなりヴェニス行きのバスに乗ってもいいのですが、せっかくですので駅までちょっと歩いてみることに。
自転車道 分離型 歩道のほうが狭い
車道のようで完全に自転車専用
レンタルバイクありました。
ヴェネチア本島まで行けるかな?とも思いましたが返す場所もないし橋を自転車が通れるかも分からないので断念。
ルートマップ
普通のママチャリ
前から思ってたんですけどロンドンのSantanderは重すぎですよ!
これくらいがいい。
最初見たとき?????でした。
なにがって?
レールはガイドだけで、駆動はゴムタイヤだったんですね。

ヴェネチア本島への移動は鉄道で

自分でもあまり気にしてなかったのですが、タイトルにヴェニスって書いたのは英語での読み方です。しかし現地に入ると全部ヴェネチアになります(当たり前)。
用法が混乱しているのはそういう事情があるって事で。

本島への移動ですが、トラムを利用してもいいですし、バスでも鉄道でもOK。
今回は、バスを使えば一日乗車券の範囲ではあったのですが、ヴェネチアの頭端式ホーム見たさに鉄道を選択。
一日乗車券
列車きたよー
当然信用乗車です チケットは1ユーロちょいですが航空券ばりの紙が出てきました。

リベルタ橋。トラムは車道を走ります。
とうちゃこー
続きます。