2018/03/08

ウィギンスの薬物使用疑惑にかかる英国庶民院委員会の調査報告

日本語の記事があんまりないので簡単にまとめておきます。
レポートの原文はこちらから誰でも読むことができます。脚注で引用証拠も読めます。経緯についてはググってください。

抑えておきたい点

  1. 「疑惑」の中心であった2011年のドーフィネにおける「謎の箱」については事実認定をしていない
    証拠がないので事実認定できないということです
  2. Skyが証拠を確保していないことについては徹底的に攻撃されている
    しかし、報告書は、Skyが掲げていたポリシーとは裏腹に、箱の中身その他本件に関連する証拠が全く確保されていないことを強く批判しています。これによって調査が長引いたため、その費用については、UK SportがBritish CyclingやSkyに求償するように示唆しています。
  3. 2012年のツールの準備期間に、ウィギンスとそれをサポートする一部ライダーが薬物を使用していたと信じるに足る証拠がある
    議会に提供された証拠(情報源は秘匿されている)に基づく事実認定で、その証拠の中身は開示されていませんが、委員会は、シェイン・サットンの「ウィギンスがした行為は倫理的ではないが違法ではない」と言ったことを補強として用いています。
  4. 例え薬物を使用していたとしても、それは違反ではない しかし、倫理的には許容できない

所感

  • 今回の報告書は、Skyが他国のチームに比べて相対的に悪いということは全く意味しません。むしろ、同じ基準で審査したら他国チームはお話にならないということも十分あり得る話です。どこの国とはいいませんが。
  • UKに住んで暫く経ちますが、業界のトッププレイヤーをボコって国内全体のレベル上げにつなげるという手法は、よく使われる手法であり、これ自体に私はなんら不自然感はありません。ましてウィギンスは国費で貴族の地位に上り詰めた人です。今回議会が適用した基準は極めて厳しいものですが、Skyとウィギンスが範を示さなければならないということは理解できます。
  • とはいえ、匿名証拠一発で2012年のツール準備期間の薬物使用まで「信じている」と言い切るのには驚きました。ここは決定的に重要なので引用します。
98.Members of the Committee have also received confidential material from a well-placed and respected source regarding medicines policy at Team Sky during the period covered by Bradley Wiggins’ TUE certificates, for the use of triamcinolone within competition periods. This states, with particular reference to Team Sky’s preparations for the 2012 season, that Bradley Wiggins and a smaller group of riders trained separately from the rest of the team. The source said they were all using corticosteroids out of competition to lean down in preparation for the major races that season. This same source also states that Bradley Wiggins was using these drugs beyond the requirement for any TUE. Shane Sutton has also stated in writing to the Committee, with regards to Bradley Wiggins’ use of triamcinolone that, “what Brad was doing was unethical but not against the rules”.135
110.From the evidence that has been received by the Committee regarding the use of triamcinolone at Team Sky during the period under investigation, and particularly in 2012, we believe that this powerful corticosteroid was being used to prepare Bradley Wiggins, and possibly other riders supporting him, for the Tour de France. The purpose of this was not to treat medical need, but to improve his power to weight ratio ahead of the race. The application for the TUE for the triamcinolone for Bradley Wiggins, ahead of the 2012 Tour de France, also meant that he benefited from the performance enhancing properties of this drug during the race. This does not constitute a violation of the WADA code, but it does cross the ethical line that David Brailsford says he himself drew for Team Sky. In this case, and contrary to the testimony of David Brailsford in front of the Committee, we believe that drugs were being used by Team Sky, within the WADA rules, to enhance the performance of riders, and not just to treat medical need. 
  • Confidential Materialとあります。証拠はUK議会が有する秘匿特権で守られていると思われるので、今後それが表にでることはないでしょう。Skyはこのように証拠が開示されていない点を批判していますが、そういう国なので・・・
  • この証拠を引用した後にサットンさんの「倫理的には問題だがルール違反ではない」という発言が"also"という形、すなわち、匿名証拠の内容を補強するという趣旨で引用されています。いかにこの発言が議会委員会の逆鱗に触れたか、察せられますね。
  • 記録保存にかかる指摘については、日本にとっても他山の石とされるべきところではないでしょうか。報告書はWADAに現行ルールの改善を求めています。これは、UKがこの議論をリードすることで、将来有利な立場に立とうとする攻めの姿勢に私には思えます。


2017/08/31

2000億円市場のための「オマケ」-自転車保険の義務化をめぐって

自転車保険で「セブン」が最も評価された理由 進む「加入義務化」、選ばれる保険の共通点はhttp://toyokeizai.net/articles/-/111708?page=3

こちらの記事によると、自転車利用者は7000万人、これに対して、自転車保険の加入率は2割ということです。

自転車保険そのものについては、私は肯定的に見ています。不運にも事故に巻き込まれた人が得た損害賠償の権利に対して満額の執行を確保することは意義があると考えるからです。

上記記事による利用者を前提にすると、このような自転車保険を義務化することにより
こう見積もって、概ね、2000億円の市場があることになります。

ところが、この市場を巡って、どうも気になる動きが

以前もこんな記事を書きました。

#aminocyclo: 自転車保険と自治体の協定と利益相反: 自転車保険の意味はある。 でも最近散見する、自治体に対して自転車保険会社が支援するってその原資は結局加入者の金なのであって、それを保険会社と自治体が合意するって完全に利益相反だよねと思う。 https://t.co/hgck2ZfEyy @cyclist_sanspo ...

自転車保険を義務化することに加えて、そのような義務化を行った自治体が、保険会社とタイアップして、保険会社から利益(様々な協力)を受け取る代わりに、その活動をエンドースする動きが広がっているのです。

au損保が滋賀県と自転車安全利用の協定締結 安全な「ビワイチ」推進にも協力
http://cyclist.sanspo.com/355711

au損保が滋賀県と行う取り組み
1.自転車の安全で適正な利用を促進するための啓発活動に関すること
(1)県内の自転車購入者に配布される「自転車ルール・マナー確認書」を作成・提供
(2)イベント等において配布する自転車安全利用チラシ等の提供
(3)保険面からのヘルメット着用促進
2.自転車利用者への交通安全教育に関すること
(1)交通安全教室等に「自転車ルールブック」「こぐまの自転車マナー教室(DVD)」等の教材貸出し
3.安全な「ビワイチ」の推進に関すること
(1)サイクルイベント等で即時加入できるau損保の自転車向け保険を紹介
(2)加入者向け自転車ロードサービスなどにより滋賀県内のイベント参加者を側面から支援
4.交通安全に関する各種データ分析や資料提供に関すること
5.保険収益の一部を滋賀県における交通安全啓発活動等に対し寄付すること
この問題点については、上記記事でも既に触れました。すなわち、

  • 保険会社からの利益に釣られて、有権者(=サイクリスト)一般のためにならない行動をする
    • 具体的には、例えば、特定の業者に「お墨付き」を与えることにより、有権者を当該保険会社の商品に誘導し、競争をゆがめる
    • また、このような利益を受ける自治体が増えてくると、まだ義務化を採用していない自治体も、利益供与が期待されることにより、義務化自体の意思決定がゆがめられる
という問題です。

要するに、自治体さん、どっちの方を向いて仕事しているんですか?という話。これを、利益相反といいます。

特に、後者については、このような動きが広がれば広がるほど加速する性質のものであり、憂慮しています。

どんな規模感?消費税との対比

ただ、市場規模2000億円といっても、ちょっとピンときませんね。

そこで、一人頭、約4000円の年額負担を、常に熱い議論が交わされる消費税と比較してみます。
年収でこんなに違う 所得・消費税、あなたの負担は
https://vdata.nikkei.com/prj2/tax-annualIncome/
日経新聞の上記記事では、消費税負担の規模が、年収等に応じてイラストで示されています。

ここに「1世帯当たりの年間消費税負担額(万円)」というグラフがあり、消費税3パーセント、5パーセント、8パーセント、10パーセントの場合に、一定の年収がある世帯がどの程度負担することになるのかのシミュレーションがされています。

議論が最も盛り上がった消費税導入時、税率は3パーセントでした。
この場合、例えば年収300万~400万の世帯では、年額5.7万円を負担している計算になるそうです。

これに対し、自転車保険が義務化されれば、 一人頭、約4000円が義務的支出として加わることになります。

どうご覧になるでしょうか。

評価は人それぞれですが、決して小さい額ではないことが分かると思います。

なお、この保険料は、所得の有無にかかわらずの金額なので、逆進性(所得が低い人にとって相対的に負担割合が増えること)の問題もあります。

以下は、仮に、の話です。

消費税が特定目的の税金で、国民が、ある業者によるサービスを利用したら、その利用料について満額補助を受けられる仕組みだったら、どうでしょうか。

そもそも、そんな税金自体、かなりうさんくさいですね。サービスの有用性や、税金という強制的な方法によることについて、徹底した議論が行われるべきってのは、皆さんお感じになると思います。少なくとも、消費税は常にそうでした。

これに加えて、当該補助による支払を受ける特定のサービス供給者が、政府に対して「私たちが消費税の徴税その他色々細かいお手伝いをします。なので、(他の業者ではなく)私たちに『政府のお墨付き』を下さい!」って言いだしたら、どうでしょうか。

そして、それを政府が喜んで受け入れたら、どうでしょうか。

有権者目線からは、控えめにいって、いやいや、冗談が過ぎるでしょう、という話に思えます。

ここで、改めて、上で引用した協定内容を見てみましょう。
どうでしょうか。

2000億円市場のための「オマケ」は、保険会社にとっては些細なもの

どうも報道で見る限り、この2000億円市場を巡って、保険会社は、自治体の「お墨付き」を得るべく、あの手この手を使って利益供与を行っているように思えます。

//8月30日 追記修正//

保険会社が提供する上記のような「オマケ」、2000億円市場に比べれば、ごく僅かです。しかし、自治体が僅かでも当該保険会社の私益に繋がる判断をすれば、住民からの利益の移転は、薄く広くとはいえ、相当な額になる可能性があります。

普通に考えれば分かりますが、営利企業である保険会社がこんなことをするということは、長期的には何らかの得を狙っているからに他なりません。ここは、お察し下さい、というところです。

とはいえ、私は、実は、保険会社自体を非難する気にはあんまりなれません。

一歩下がっての話ですが、本記事のように「利益供与を受けちゃうのはどうか」みたいな話をすると、すぐに「違法じゃないならいいじゃん」という反応が返ってくることがあります。

しかし、いま違法かどうかと、有権者に不利益かどうかは別問題です。

他方で、違法かどうかは、非難できるかどうかとは関係があります。違法でないとすれば、営利企業がやる分には、確かに問題ないでしょう。

襟を正すべきは、有権者に義務を負う自治体

不当な行為であり、そして一歩進んで少なくとも政治的に批判されるべきは、そんなオマケを受け取ってしまう自治体の側です。

なぜなら、このようなオマケ、利益供与は、正常な判断を歪めるということは、学術的にも確認されているからです。上記記事でも書きましたが、現にEUにおいては、ある業界において、たとえプロであっても正常な判断を歪められるとして、本業となるサービス(ここは有料)に関連した無料のオマケの受領を禁止する動きがあります。

自治体は、営利企業と違って、違法でなければなにをやってもいいわけではなく、少なくとも政治的に、有権者に対して利益となる政策を採る義務を負っています。

このようなオマケを受け取っているということは、そのような義務を負う自治体が、自ら、判断を歪ませる可能性がある毒まんじゅうを食べている、ということをおおっぴらに示していると私は考えます。

//ここまで//

このあたりを一般向けに説明した本として、最近出たのが下記。
もうちょっときちんとしたところだと、このあたりでしょうか。

ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
ダニエル・カーネマン
早川書房
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